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June 21, 2010

映画:ハートロッカー

 今年のアカデミー賞受賞作。

 映画の冒頭で「戦争とは麻薬である」との字幕が出てくることから、戦争中毒になってしまった者の物語なのかなと思った。すなわち、雨あられと降る弾丸を命の危険を顧みず、勇敢にくぐり抜けて突破し、対峙する敵をバタバタと抹殺する、そのスリルと高揚感に憑かれてしまい、もはや戦場から離れることなしに生きていけなくなってしまった、ややステレオタイプな戦争中毒者を描いた映画なのかなと。

 じつはまったく違っており、主人公は戦場ではほとんど仕事をすることはなく、市街地に設置された爆弾を取り除く、危険ではあるが、戦闘行為とは関係ない地味な仕事に従事していた。
 軍曹ジェームズはアフガン、イラクの爆弾処理において抜群の成果を残している、爆弾処理の一流のプロである。
 イラクでの爆弾処理は、市街地でのテロ用に設置された爆弾を無効化することであり、周りには敵か味方か分からない者がたくさんいて、誰が起爆装置を押すやら分かったものではない。その危険に満ちたなか、精神を無理にハイにさせ恐怖を克服しながら爆弾の解除を行っていく。
 きわめてストレスフルな仕事であって、それでも、ジェームズは自分が誰よりもその仕事を確実に遂行できるという矜持を持って、精神を折ることなく、仕事を続けていく。

 ジェームズは米国に家族を残してきており、美しい妻と、産まれたばかりの可愛い子供がいる。映画が始まった時点で、ジェームズはあと1カ月無事に任務を果たせば、帰国することができる。爆弾処理以外にも、いろいろと厄介な仕事に関与しながら、ジェームズはなんとかその一カ月を生き延びることができた。

 ジェームズは帰国して命の危険のない、平和な日々を家族とともに過ごすのであるが、ジェームズは精神的には満たされず、結局また命の危険に満ちたイラクへ爆弾処理係として戻っていく。

 ここで冒頭の「戦争とは麻薬である」が意味を持つということなのだろうが、…戦争は関係ないよなあ。
 ジェームズはたしかに中毒者であるが、彼は戦争中毒なのではなくて、仕事中毒なのである。だいたい自分でも作中に我が赤子にそう言っている。

 仕事というのは、それが困難であり、また責任が重たいものであればあるほど、やりがいがあるという厄介な性質をもつ。
 爆弾処理係ジェームズの仕事は、極めてスキルを要し、また極めて危険であるが、それに成功すれば多くの人の命を救うことができるという、「やりがいのある」仕事である。その「やりがいのある」仕事を行うことで、ジェームズは仕事に夢中になり、そして仕事中毒になってしまう。

 爆弾処理という仕事は極端な例ではあるけれど、たしかに世の中には「仕事中毒」になってしまった人はけっこういるし、私も身近に知っている。だからこの映画はイラク戦争の悲惨な面を描いたものというより、世間一般的な「仕事の悲劇」に思えてしまった。


 さて、人間という生物は社会的生物であって、社会との関与でしか自分の位置を認めることはできない。そしてほとんどの人間にとって、社会との関与は仕事を介している。人間は仕事なしには、社会の一員とはなれない存在なのだ。だからきつくても面倒でも、人はがんばって仕事をしている。
 しかし仕事もそれに魅力がありすぎれば、かえって元々の社会との関与を断つまでの力をもってしまう。自らの健康を捨て、家族を捨ててまで仕事に打ち込むのは、やはりやりすぎであろう。

 「なにごともほどほどに」という教訓を与えたい映画なんだろうなあ。

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 ハートロッカー 公式サイト

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