« 福岡おいしい二泊三日 | Main | ベルルッティに撥水スプレー »

June 27, 2010

映画:オーケストラ

Okesutora_large_2


 冷戦のころ、鉄のカーテンの向こうにソビエトという不気味な国家があった。共産党の非情な独裁のもと産業・経済は停滞し、人民は過酷きわまりない生活を強いられていたのであるが、しかし芸術だけは素晴らしい発達を遂げ、名人たちが凄い演奏を行っているという噂が西側に伝わってきた。それはただの噂ではなくて、外貨獲得のために共産党が鉄のカーテンを出て演奏してよいと許可された名人たちが、西側で繰り広げた演奏は、確かに極上のものであり、西側の音楽愛好家たちを感嘆させた。ただ、その名人たちには亡命を阻止するための監視が常についていた。また当局から睨まれた演奏家はいかに腕がよくても、海外演奏はおろか、国内の演奏も許可されなかった。

 なんだか重くてイヤになる話だが、実話であり、しかもべつだんそんなに昔の話でない。ソビエトが崩壊し、鉄のカーテンが開かれてからせいぜいまだ20年くらいしか経っていない。
 今40歳代以上の者は、その暗い時代をリアルで知っているわけで、私も、リヒテル,ギレリス,オイストラフ,ロストロポーヴィチ,ムラヴィンスキー、…ああいったヴィルトゥオーソを、西側の演奏家とは異なる神秘性を感じながら、もっぱらFMで聴いていたたぐいの者である。

 映画「オーケストラ」は、作った人はそのリアルの時代を知っている人なのであり、ギャグ満載のつもりにしているようで、苦さ,重さ,辛さはずっと付きまとっている。

 映画の筋は、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲(略してチャイコン)の究極の決定版的を完成させるべく、当代一流の技術を持つ音楽家たちが、己の最高の芸を発揮して演奏を行っているコンサートの途中で、突如官憲に演奏を中止させられ、オーケストラは解散、指揮者は罷免、ソリストは流刑と、演奏をする術を奪われてしまった。彼らは音楽の表舞台から去り、市井の生活に埋もれてしまっていたが、ソビエト崩壊後、30年の月日が経って、そのチャイコン決定版の演奏の再現をするチャンスをつかみ、芸術の都パリで集合して、復活の演奏を行うというもの。

 なんとなく「愛と哀しみのボレロ」を思い起こす筋でもあるようだが、あれとは違い、こちらはあくまでもお伽噺なので、ギャグで筋をごまかしながら、その現実的には実行不可能な「理想の演奏」を、実際に存在しえるようにして話を進めて行く。

 この映画は成功作と思うし、その成功の最大の原因は曲としてチャイコンを選んだところであろう。
 チャイコンは真面目に聞けば通俗的すぎて、私には早送りをしたくなるようなタイプの曲であるが、その通俗的な旋律が、こういう「分かりやすい音楽が必要」な映画では、ダイレクトに音と映像が観客の心に届き、音楽と映像の融合が感動的に迫ってくる。音楽とはここまで人の心を揺るがし、そして映像という素晴らしいものをさらに昇華させてくれるものなのである。
 じっさい最後のチャイコンの演奏の場面で、心を動かされない人がいるとしたら、その人は音楽とか映画とかは人生で必要ないタイプの人であろう。

 九州では福岡のKBCシネマでしか上映していないので、わざわざ観にいったわけだが、十分にその価値のある名作であった。


 …………………………
 映画「オーケストラ」公式サイト →チャイコンが鳴るので、クリック時は注意。
 (って、このサイトの予告編、思いっきりネタバレだよなあ。まだ観ていない人は見ないほうがよいと思う)

|

« 福岡おいしい二泊三日 | Main | ベルルッティに撥水スプレー »

映画」カテゴリの記事

Comments

宮崎のキネマ館で24日から上映されますので、心動かされに行って来ます。
もう予告編は何回も観てしまいましたが(苦笑)

キネマ館は明日から映画祭、「座頭市物語」や「3時10分、決断の時」などが
上映されますよ。

Posted by: itijouji1969 | July 02, 2010 01:05 PM

うわ~、予告編見てしまいましたか。
へっぽこオーケストラが、最初のアンサンブルの乱れのままずっこけてしまうのか、それとも立ち直って昔の至高の演奏ができるのかのハラハラドキドキが映画のキモなのに、予告編は最後のスタンディングオベーション見せてますもんねえ。

でもそういうネタバレは無視できるほど、最後のチャイコンの演奏は胸を打つものがあります。それこそ、CDで巨匠(ハイフェッツとかオイストラフとか)の演奏を聞くよりも、こちらのほうが私は感動できました。(周りの観客もすすり泣いていましたし)

この映画、監督は亡命経験のルーマニア人ですし、主演の指揮者役はソビエトの圧政で辛酸をなめたポーランド人ですし、ソリスト役の超美人メラニー・ロランは「薄幸のユダヤ人」を演じてNo.1の役者ですし、あの重たく苦々しい時代を、ギャグの背後からにじませています。

ヨーロッパはこういう、なんというか、「大人の映画」を作る素地があって、やはり映画の先進国だと思います。

Posted by: 管理人 | July 02, 2010 11:19 PM

こんばんは!

予告編を見に行きましたら、突然、第一楽章のオケのフル演奏の場面で面喰いました(笑)
チャイコンは確かに通俗的ですが、私にとっては初めてのクラシック音楽でした。
スターン&オーマンディのLP版です。

旧ソ連の芸術家といえば、リヒテルやオイストラッフ父、が神秘的な存在でしたが、バレエの世界でも、ヌレエフやバリシニコフ、そしてマカロワなどソ連の芸術の素晴らしさに驚嘆したものでした。

「戦場のピアニスト」の監督のポランスキーも東欧の人間ですよね。
型にはまったアメリカ映画より深みのある映画を期待できそうです。

原題が「Le Concert」ですから、ソリストとの関係にも何か?
と興味津津です。

名古屋では31日から上映されます。
行ってきますね。

PCが突然壊れて、多くのメルアドを失ってしまいました。

Posted by: あびたろう | July 06, 2010 12:41 AM

なんだか懐かしい名前がずらずらと出てきて、あの時代を思い出してしまいました。ソビエト連邦、ろくでもない国でしたが、むやみやたらと優秀な芸術家が輩出したのは、あの圧政となにか関係があったのでしょうか。

原題の「Le Concert」についてですが、ご指摘のようにソリストとの関係が非常に重大なため、コンツェルトを含めたコンサートの意味であろうと思っています。なおソリストの正体についてはちょっとしたミスリーディングがあるので、そこにも注目しておくとなお面白いと思います。

(追記)
PC、いつクラッシュするか分からず、こまめなバックアップは大事ですね。
以前はノートンのサーバを使っていましたが、重たいので、今はバッファローの外付けハードディスクにバックアップしています。

Posted by: 管理人 | July 06, 2010 10:26 PM

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 映画:オーケストラ:

« 福岡おいしい二泊三日 | Main | ベルルッティに撥水スプレー »