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June 2010の記事

June 29, 2010

鹿下絵和歌巻@福岡市美術館

 松本清張に本阿弥光悦を題材とした「光悦」という短編がある。
 日本芸術史上、最高度の位置にある光悦という芸術家の性格の悪さを描いたものであって、なかなか面白い。
 その作中に、俵屋宗達が下絵を描いて持ってきた巻物(それだけで国宝級の芸術品である)に、光悦が和歌を書いていき、自分の書の出来が気に入らないと、その部分を宗達の目の前でビリビリと破ってしまうシーンがある。
 普通なら、「し、師匠、なにすんねん」と叫んでしまうような光景であって、光悦の完璧性と独善性を強く印象づける場面である。

 さて、福岡市美術館でシアトル美術館蔵の名品の展覧会があった。
 そのなかに、「鹿下絵和歌巻」と題された、俵屋宗達が鹿の下絵を描いた巻物に、本阿弥光悦が新古今和歌集の歌をしたためたものがある。先の「光悦」で出てきた日本の芸術史上の巨人二人のコラボレーションものである。

【鹿下絵新古今集和歌巻】
Sika_2

 実物をみたのは初めてであったが、光悦の自在にて奔放たる書の素晴らしさはともかく、宗達の鹿がまた見事であった。一筆書きで描かれたようなデッサンの流れは、優美にして、完璧であり、まさに天才のもの。そしてその線から現れた鹿たちの姿は、ユーモラスで可愛らしく、なんと生き生きとしていることであろう。

 これを見て思った。
 「光悦」の下絵を破るシーン。あれは絶対フィクションだ。世の中にこのようなものを破れる者などいるはずない。

…………………
 シアトル美術館蔵の「鹿下絵和歌巻」公式ページ
 シアトル美術館蔵の「下鹿絵和歌巻」が全部掲載されています。

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June 28, 2010

ベルルッティに撥水スプレー

 2年ほど使っていた仕事用の靴をそろそろ買い替えることにした。今使っているのはジョンロブのスウェードのスリッポンであって、さすがにジョンロブ製だけあってつくりは頑丈であり、靴底も全体の構造もまだまだしっかりしている。しかしスウェード靴は、皮のメンテナンスが難しく、せっかくの鮮やかな柿色が2年も使っているうちにくすんでしまい、なんともみすぼらしい色になってしまったので、交換時期かと思ったのである。

 福岡に出たついでに、岩田屋のジョンロブ店で新しいスリッポンを探す。スウェード靴はメンテの大変さが分かったので、普通の皮のスリッポンを探すがどうも気にいるものがない。スウェードのスリッポンは格好いいと思うのだが、それが皮のスリッポンになるとなんだか野暮ったくみえる。ジョンロブはカジュアルものは、なんとなく不得手に思えるなあ。

 ジョンロブはあきらめ、ベルルッティに行ってみる。
 ジョンロブと違って、ベルルッティのスリッポンは、粋であり美しいが、…仕事で使うには違和感がありすぎ。これ履いてると、「なんです、そのテカテカ光る変な靴は」とか言われそう。
 そのうち、サンダルが地味ながらスタイリッシュなのに気がついた。サンダルは踵が浮くので歩きにくく仕事には使いにくかったのだけど、ストラップ付きで、踵を固定できるタイプのサンダルがあり、形がよく、また履き心地、歩き心地もよかったので、これを購入。


 さて、これを仕事用に使うにはひとつ関門がある。
 なにしろ足のうえにいろいろ妙なものが降ってくる仕事をしているので、防水加工はしないといけない。
 ただし、ベルルッティの靴は特殊な塗装をしており、素人がいじるとせっかくのきれいな色が飛んでしまう危険がある。なにしろ「雨の日には履くな」とまで言われているくらいのデリケートな靴だから。
 それを知らずして、私は一度ベルルッティの靴にクリーナーをかけて、汚れとともに塗装もはがしてしまい、呆然としたことがある。

 撥水スプレーも化学用品であるからして、これが塗装に影響を及ぼして、ろくでもない結果になる可能性はある。
 しかし撥水スプレーをかけて、防水処理をしないと、使いものにはならない。

 運を天にまかせて、撥水スプレーをサンダルにまんべんなくふりかける。
 どうなるか。
 ドキドキ。

Beru_3


 …いまのところは無事なようである。
 ベルルッティの靴、撥水スプレーをかけても大丈夫かどうかについてネットで調べたが、そのようなことをする者はいないみたいで、なんの情報も得られず。
 (店の人に尋ねても、「するな」と言われるに決まっているし)
 とりあえず、ベルルッティの皮サンダルは撥水スプレーかけても大丈夫ではあるみたいだ。少なくとも私のやつは。

(追記)
 無事かと思ったら、サンダルの足底部分が変色してしまった。やはりベルルッティの靴は、撥水スプレーとは相性が悪いようだ。まあ、履けば見えぬところなので、ダメージは少ないのだが。

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June 27, 2010

映画:オーケストラ

Okesutora_large_2


 冷戦のころ、鉄のカーテンの向こうにソビエトという不気味な国家があった。共産党の非情な独裁のもと産業・経済は停滞し、人民は過酷きわまりない生活を強いられていたのであるが、しかし芸術だけは素晴らしい発達を遂げ、名人たちが凄い演奏を行っているという噂が西側に伝わってきた。それはただの噂ではなくて、外貨獲得のために共産党が鉄のカーテンを出て演奏してよいと許可された名人たちが、西側で繰り広げた演奏は、確かに極上のものであり、西側の音楽愛好家たちを感嘆させた。ただ、その名人たちには亡命を阻止するための監視が常についていた。また当局から睨まれた演奏家はいかに腕がよくても、海外演奏はおろか、国内の演奏も許可されなかった。

 なんだか重くてイヤになる話だが、実話であり、しかもべつだんそんなに昔の話でない。ソビエトが崩壊し、鉄のカーテンが開かれてからせいぜいまだ20年くらいしか経っていない。
 今40歳代以上の者は、その暗い時代をリアルで知っているわけで、私も、リヒテル,ギレリス,オイストラフ,ロストロポーヴィチ,ムラヴィンスキー、…ああいったヴィルトゥオーソを、西側の演奏家とは異なる神秘性を感じながら、もっぱらFMで聴いていたたぐいの者である。

 映画「オーケストラ」は、作った人はそのリアルの時代を知っている人なのであり、ギャグ満載のつもりにしているようで、苦さ,重さ,辛さはずっと付きまとっている。

 映画の筋は、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲(略してチャイコン)の究極の決定版的を完成させるべく、当代一流の技術を持つ音楽家たちが、己の最高の芸を発揮して演奏を行っているコンサートの途中で、突如官憲に演奏を中止させられ、オーケストラは解散、指揮者は罷免、ソリストは流刑と、演奏をする術を奪われてしまった。彼らは音楽の表舞台から去り、市井の生活に埋もれてしまっていたが、ソビエト崩壊後、30年の月日が経って、そのチャイコン決定版の演奏の再現をするチャンスをつかみ、芸術の都パリで集合して、復活の演奏を行うというもの。

 なんとなく「愛と哀しみのボレロ」を思い起こす筋でもあるようだが、あれとは違い、こちらはあくまでもお伽噺なので、ギャグで筋をごまかしながら、その現実的には実行不可能な「理想の演奏」を、実際に存在しえるようにして話を進めて行く。

 この映画は成功作と思うし、その成功の最大の原因は曲としてチャイコンを選んだところであろう。
 チャイコンは真面目に聞けば通俗的すぎて、私には早送りをしたくなるようなタイプの曲であるが、その通俗的な旋律が、こういう「分かりやすい音楽が必要」な映画では、ダイレクトに音と映像が観客の心に届き、音楽と映像の融合が感動的に迫ってくる。音楽とはここまで人の心を揺るがし、そして映像という素晴らしいものをさらに昇華させてくれるものなのである。
 じっさい最後のチャイコンの演奏の場面で、心を動かされない人がいるとしたら、その人は音楽とか映画とかは人生で必要ないタイプの人であろう。

 九州では福岡のKBCシネマでしか上映していないので、わざわざ観にいったわけだが、十分にその価値のある名作であった。


 …………………………
 映画「オーケストラ」公式サイト →チャイコンが鳴るので、クリック時は注意。
 (って、このサイトの予告編、思いっきりネタバレだよなあ。まだ観ていない人は見ないほうがよいと思う)

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June 26, 2010

福岡おいしい二泊三日

 「極楽おいしい二泊三日」に触発されたというわけでもないのだが、福岡に所用で出るので、二泊三日の日程を組み、いつもより食事に寄る店を増やすことにした。
 とはいえ、福岡はずいぶんと長く通っているところなので、気にいった店は限られており、結局はいつもと似たような店ばかりなのを訪れたのではある。

 (1日目夜)安春計@薬院
 
 初夏の食い物というと、私は安春計の名物「鮎の一夜干し炙り」をまず思いうかべる。
 鮎は本来は「濃い目の魚」であり、メインを張れる食材であるけど、ワタをとって爽やかな味と香りに仕立てあげたこの一夜干しは、鮨の前の肴として、抜群に合う逸品である。

【鮎の一夜干し炙り】
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 肴は、造り3種(マコガレイ、シャコ、中トロ)、鯛の白子、モロキュウ、蒸しアワビなど。それから鮨となる。

【鮪】
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 鮨はどれも美味いが、特に鮪が秀逸。
 築地から仕入れた本マグロ。右から赤身に、中トロ、大トロ。

【穴子】
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 〆の穴子は背と腹で握られている。
 ふんわり、ふわふわととろける食感は見事なものである。

 安春計の鮨は、私にとっては鮨のスタンダードであって、鮨を食いたくなったときはまずは「安春計の鮨を食いたい」と思う。そしてじっさいに食べれば、満足満足。

(2日目昼) 蕎喰 いまとみ@中央区高砂

 「おいしい二泊三日」は「朝・昼・夜」と食べるのが基本であるけど、夜にガッツリ食うとやはり朝は腹は空いていなく、無理に食べると昼が辛くなりそうなので、今回はいずれも朝食は抜き。
 昼は高砂の「蕎喰 いまとみ」で蕎麦を。

【手挽き蕎麦】
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 この店は酒肴も豊富であるが、昼なのでそれも頼むと飲み過ぎることになるので、ここはぐっと我慢して、蕎麦のみで酒を飲む。
 ごわごわ、ぼつぼつとした朴訥たる食感の蕎麦ではあり、のどごしはあまりよくないが、じっくり熟成された蕎麦の味の広がりとふくらみは大したもの。蕎麦とは、本来はこういうものなのだろうなあという思いがする。
 福岡の蕎麦では、ここが私の一番の好みだ。

【柳橋連合市場】
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 「いまとみ」は、福岡の魚の台所「柳橋連合市場」に近いので寄ってみた。
 美味しそうな魚が、たくさんの種類と、たくさんの量並べられていて、見ていて楽しい。
 ほんとに良いものは早朝に買われてしまっているそうだが、それでもこの品揃えはたいしたものだ。

(二日目夜)サーラカリーナ@浄水通り

 夜はサーラカリーナーでディナー。ほんとにいつも同じ店ばかり行ってるなあ。
 パスタは三種類。
 夏ポルチニ茸と夏トリュフのパスタ。イワシと香草のパスタ。タコとトマトソースの生パスタ。
 いずれもとても美味。こういう美味いパスタを食べると、パスタとは鮨同様にバランスの料理というのがよく分かる。一番いい茹で加減で、一番いい温度で茹でられたパスタが、これも一番いい加減で調理されたソースと具材と合わせられると、調和に満ちた極上の一品となります。
 オーナーシェフの今井氏は、キッチンで陣頭指揮をとって料理をされているけれど、その今井シェフの料理はいつ食っても感服の一言。

【夏ポルチニ茸と夏トリュフのパスタ】
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【ラム料理】
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 メインの肉料理は、オーストラリア産の子羊。
 特殊なハーブを餌に与えられたラムは、分かる人にはそのハーブの香りも分かるそうだが、…よく分からんかった。しかし、このラムの繊細にして複雑な味は素人でもわかる見事なもの。そして、その味を最大限に生かす味付けもまた見事。

 ドルチェにアイスワインで〆。
 やはりサーラカリーナの料理は素晴らしい。

(3日目昼)某洋食店

 昼は「近松」にしようと思ったけど、満席にて予約がとれず残念。
 それでは「貴庄」かセントラーザの「やま中」にしようかとも思ったけど、たまには新規店開拓でもしようかと思いなおす。
 近頃開店した某洋食店がずいぶんと評判が良く気になっていたので、これを機会とそこのランチを予約した。

【前菜】
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 前菜はこんな感じ。
 まあまあ、美味しかった。

 店のスタッフの応対も、シェフもマダムの応対もたいへん良く、店の空間の現代的な演出も粋であり、店全体の雰囲気は良かったと思う。人気店という理由もわかる。
 ただ魚・肉のメイン料理は、なんとなくぼんやりしたまとまりのないものに感じられ、肝心の料理に魅力をイマイチ感じられなかった。
 開店仕立てということで、まだ味が落ち着いていないのか。それともランチに力を入れていない店なのか。

 一食損したとまでは思わぬものの、新規店開拓にはどうしてもハズレがある。
 こういうアタリハズレを繰り返していき、そうして「二泊三日おいしい旅」の達人になれるということか。…なる気もないのではあるが。

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June 24, 2010

読書:極楽おいしい二泊三日 さとなお(著)

 ある土地を二泊三日で訪れたとして、食事をする機会は、通常は昼夕朝昼夕朝昼の7回のみ。著者は、その全てで美味しいものを食べたいという情熱をもって今まで旅をしてきたわけだが、そのため込んだノウハウを公開する、一種のガイド本。

 著者のさとなおさんはグルメガイド本を、料理評論家ではない、普通の人の立場から書いた草分け的存在であって、そこには小難しい技術的なこと、専門的なことなどは脇に置かれ、何よりも食べる喜び、食べる楽しみが主に書かれていた。そして、そのようなものを専ら第一選択として店を探す私らとしては、たいへん参考になり、また読んでいてとても面白かったわけである。

 まあ、さとなおさんが「普通の人」だったかといえば、それはやはり間違いであって、常人外れの多大な好奇心と探求心、それに常人外れの頑丈な胃袋を持つ、尋常ならざる人物であり、今回の著書もその能力がゆえの産物であろう。

 著者が訪れた、北は札幌、南は那覇までの全国15ヶ所の市で、日本にはこんなに個性的な地方食があり、また美味しそうな店があるんだなあということを本書は教えてくれる。読んでいるだけで、そこを訪れたくなってしまう。

 旅の楽しみとは、食の楽しみであり、食が楽しいことにより、さらに旅は楽しく、また思い出深いものになる。そしてそのことが人生を楽しく、豊かなものにしてくれる。

 食、旅、それに人生を楽しむために、ぜひとも一冊持っておきたいガイド本である。


 極楽美味しい二泊三日 さとなお(著)

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June 21, 2010

映画:ハートロッカー

 今年のアカデミー賞受賞作。

 映画の冒頭で「戦争とは麻薬である」との字幕が出てくることから、戦争中毒になってしまった者の物語なのかなと思った。すなわち、雨あられと降る弾丸を命の危険を顧みず、勇敢にくぐり抜けて突破し、対峙する敵をバタバタと抹殺する、そのスリルと高揚感に憑かれてしまい、もはや戦場から離れることなしに生きていけなくなってしまった、ややステレオタイプな戦争中毒者を描いた映画なのかなと。

 じつはまったく違っており、主人公は戦場ではほとんど仕事をすることはなく、市街地に設置された爆弾を取り除く、危険ではあるが、戦闘行為とは関係ない地味な仕事に従事していた。
 軍曹ジェームズはアフガン、イラクの爆弾処理において抜群の成果を残している、爆弾処理の一流のプロである。
 イラクでの爆弾処理は、市街地でのテロ用に設置された爆弾を無効化することであり、周りには敵か味方か分からない者がたくさんいて、誰が起爆装置を押すやら分かったものではない。その危険に満ちたなか、精神を無理にハイにさせ恐怖を克服しながら爆弾の解除を行っていく。
 きわめてストレスフルな仕事であって、それでも、ジェームズは自分が誰よりもその仕事を確実に遂行できるという矜持を持って、精神を折ることなく、仕事を続けていく。

 ジェームズは米国に家族を残してきており、美しい妻と、産まれたばかりの可愛い子供がいる。映画が始まった時点で、ジェームズはあと1カ月無事に任務を果たせば、帰国することができる。爆弾処理以外にも、いろいろと厄介な仕事に関与しながら、ジェームズはなんとかその一カ月を生き延びることができた。

 ジェームズは帰国して命の危険のない、平和な日々を家族とともに過ごすのであるが、ジェームズは精神的には満たされず、結局また命の危険に満ちたイラクへ爆弾処理係として戻っていく。

 ここで冒頭の「戦争とは麻薬である」が意味を持つということなのだろうが、…戦争は関係ないよなあ。
 ジェームズはたしかに中毒者であるが、彼は戦争中毒なのではなくて、仕事中毒なのである。だいたい自分でも作中に我が赤子にそう言っている。

 仕事というのは、それが困難であり、また責任が重たいものであればあるほど、やりがいがあるという厄介な性質をもつ。
 爆弾処理係ジェームズの仕事は、極めてスキルを要し、また極めて危険であるが、それに成功すれば多くの人の命を救うことができるという、「やりがいのある」仕事である。その「やりがいのある」仕事を行うことで、ジェームズは仕事に夢中になり、そして仕事中毒になってしまう。

 爆弾処理という仕事は極端な例ではあるけれど、たしかに世の中には「仕事中毒」になってしまった人はけっこういるし、私も身近に知っている。だからこの映画はイラク戦争の悲惨な面を描いたものというより、世間一般的な「仕事の悲劇」に思えてしまった。


 さて、人間という生物は社会的生物であって、社会との関与でしか自分の位置を認めることはできない。そしてほとんどの人間にとって、社会との関与は仕事を介している。人間は仕事なしには、社会の一員とはなれない存在なのだ。だからきつくても面倒でも、人はがんばって仕事をしている。
 しかし仕事もそれに魅力がありすぎれば、かえって元々の社会との関与を断つまでの力をもってしまう。自らの健康を捨て、家族を捨ててまで仕事に打ち込むのは、やはりやりすぎであろう。

 「なにごともほどほどに」という教訓を与えたい映画なんだろうなあ。

 ……………………………
 ハートロッカー 公式サイト

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June 19, 2010

祖母山にミヤマキリシマを見に登る

 本日は早朝から雷が鳴り響いている大荒れの天気。記録的な大雨が降り、県全域で洪水警報などが出されている。とりあえず午前中は傘をさして職場に行き、仕事をした。
 12時に仕事を終え昼飯に外に出ると、…あれ、晴れている。ネットで天気図を確認すると、夕方までは宮崎~大分は晴れそうである。

 午後は昼飯を済ませたあとは、宮崎市に行って「アイアンマン2」でも観ようかなあとでも思っていたのであるが、梅雨のさなかの好天は貴重である。映画など観ている場合ではない。
 予定を変更して、山登りに行くことにする。

 というのも、毎年今の時期は九州の高山を代表する名花ミヤマキリシマを目当に登山していたのだが、今年は機会に恵まれずその盛りの姿を見ておらず、気がかりとなっていた。そして今日が最後のラストチャンスであるからには、登らねばならないだろう。

 ミヤマキリシマは今年は旬が遅れており、九重あたりは今が最盛期のようであり、本来ならここが狙いどころだ。ただ九重は遠いので、近場の祖母山に行くことにする。
 祖母山は九合目小屋管理人加藤さんの「祖母傾最新情報」によれば、6分目くらいだそうだが、それはそれで味がある。

 さて、祖母山の尾平登山口はここから2時間強。たぶん着くのは午後3時くらい。尾平からの黒金尾根~祖母山~宮原の祖母山周回ルートは、私の足でだいたい5時間くらいの距離であり、すると下りる時刻は午後8時となる。日暮れを気にしないといけない行程になるが、さいわい今は年で一番日が長い時期なので、暗くなっての行動にはならないであろう。
 食糧、雨具、ビバーク道具、ライトなどをザックに詰め込んで、出発。

【尾平から観る祖母山群(登山時)】
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 尾平からの祖母山の稜線は、いつ見ても絶景である。
 梅雨の時期というのに、しっかりと晴れている。

【渡渉部】
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 黒金尾根ルートは大野川をいくつも渡っていくが、そのルートのほとんどは立派な橋がかけられており、(祖母山を愛するshimadanobunbunさん達の尽力で出来た橋である)、渡渉は容易である。ただ本日は一か所、渡渉に注意を要するところがあった。普段はまったく気にかけないところなのだが、本日は午前の大雨のため増水しており、その影響なのだろう。
 黒金尾根側はこれでいいとして、下山に使う宮原ルートにも一か所渡渉するところがあり、そこがちょいと不安になったが、それについては出たとこ勝負ということで、進んでいくことにする。

【黒金尾根登山道1】
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 祖母山の黒金~宮原ルートの登山道はよく整備されており、100mごとに標識が設置されており、ペースが分かりやすい。
 今日はハイペースで登る予定であったが、予想をはるかに反する暑さのなかでの登山であり、あんまりペースが上がらない。
 それでも1200mを越える頃にはさすがに涼しくなり、それからは快調に登山できた。

【天狗の水場】
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 黒金尾根ルートの最大の愉しみはこの「天狗の水場」。
 標高1400mを越えたところで出現する、どんどん流れて来る山水は、冷たくて、美味しくて、いつ飲んでも、自然のありがたさを実感できる。

【黒金尾根登山道2】
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 黒金尾根登山道は、この枯れ沢に出ると、縦走路まであと一息である。
 左に巻いていくと天狗岩に直登できるヴァリエーションルートがあり、いつもはそこを登っているが、今回は時間がないため、天狗岩はパスすることにする。

【縦走路】
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 黒金尾根と縦走路の分岐点は、植生の豊かなところであり、だいたい何かの花が咲いている。
 ここでようやくミヤマキリシマに出会えた。

【祖母山山頂】
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 天気は一応晴れのはずだが、この高さには雲がかかっており、縦走路のなかではずっと霧雨に吹かれながらの登山であった。
 その視界のきかないなか、ようやく祖母山山頂に到着。急いで登ったつもりだが、2時間50分かかってしまった。
 目当てのミヤマキリシマは、少ないながらも、ぽつぽつと咲いている。

 ちなみにミヤマキリシマは、酸性土壌でしか花が咲くことはなく、火山活動の盛んなところでしか生えない植物である。じっさい、ミヤマキリシマの名所は、雲仙、九重、阿蘇、霧島と、活火山のあるところばかりだ。
 しかし祖母山は火山活動は、はるかの昔に終えた山なのに、ミヤマキリシマが咲いている。これは祖母山七不思議の一つとされている。九合目管理人加藤さんによれば、阿蘇・九重あたりの噴煙がこちらまでなびいてくるので、そのせいではないかとの説であるが、はたして真相はどうなんだろう。

【九合目小屋】
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 祖母山ではミヤマキシリマの群落は2ヶ所あり、その一つがこの九合目小屋前。
 情報通り6分目の咲きであった。来週くらいが満開だな。
 九合目小屋からは何やらトランス系の音楽が鳴っていたので、加藤さんが居るのだろうと思っていたら、ちょうど加藤さんが外に出てきた。ミヤマキリシマを見るために急いで登ってきました、などと挨拶する。
 九合目小屋の時点で午後6時。ほんとはこんな時間に下山するなら、「祖母山をなめるな」と加藤さんに怒られるところなのだが、私はだいたい妙な時間に祖母山をうろちょろしている人間なのであり、それを管理人さんもよく知っているので、「それでは、また~」などとの挨拶のみで、下っていく。

【宮原渡渉部】
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 心配していた宮原ルート、尾平登山口のすぐ近くの渡渉部は、さほどの増水もなく問題なく渡れた。
 ここが渡られないと、少しばかり遠回りしないといけないので助かりました。

 時間はもう黄昏時で、林のなかはとても暗くなっている。
 空に日の光はあれど、林の中は暗いという、夜と夕が一緒になっている状況も、また山の魅力の一つである。

【尾平から観る祖母山群(下山時)】
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 尾平登山口に着いたのは午後7時半。
 日の長さが幸いして、まだ日の残っているうちに下山できた。

 さて、本日はワールドカップ日本―オランダ戦がある。
 帰ったのち、後半戦くらいは生で見ることができるかな。それが無理なら、録画を見ることにするか。

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June 10, 2010

6月の鮎@由貴亭

Ayu


 鮎が解禁となったので、由貴亭に鮎を食いに行く。
 店主は自ら鮎を釣りに行って、その鮎を店で出すのである。
 解禁したてなので、まだ鮎は小ぶり。20cm弱くらいの大きさ。これを塩焼きにして、ワタから食えば、ほろにがさのなかに、川の香りがくっきりと立ち上ってくる。パリパリ焼けた皮は鮎の香りが豊かだ。
 やはり鮎は天然だな。

 本日仕入れた情報。
 延岡の財産である鮎も近年は不漁であり、観光客がそれを目当てに訪れることが少なくなってきたのであるが、今年はそこからV字回復を図るべく、減らしていた鮎やなを3つ再開させ、観光のてこ入れをするそうだ。

 鮎の数が増えないと、鮎やな増やしてもしかたないような気はしないでもないが、なにはともあれ、秋の季節の風物詩「鮎やな」を今年も楽しめることになる。


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June 07, 2010

宮古島訪問の記(5)

 宮古島最終日は、島内をぶらぶらと散策。
 とりあずは市内の有名な塩の専門店「塩屋」に行くというAさんご夫妻に便乗して、私もそこに行ってみる。

【塩屋】
Saltshop

 世界中のたくさんの種類の塩を取り寄せて、売っている。
 そのうち売れ筋のもののサンプルが味見用に並んでおり、ちょいと試してみたが、…塩化ナトリウムって、どこのも同じ味だったなあ。
 しかしせっかく来たので、調味料入りの、サラダにかけると便利そうなものを一つ選んで購入しておいた。
 そのあとは海岸沿いに行ってみることにした。

【街路樹】
Tree

 南の島は、街路樹も華やかな花が咲いている。
 名前はなんというのかしらないけど、九州では見たことのない、派手で、きれいな色の花である。

【宮古神社】
Shrine

 鳥居があるからには神社なのであろうが、神社の拝殿は沖縄風の色彩の建物である。

【シーサー】
Shisa

 沖縄の神社なので、入り口には狛犬ではなく、シーサーが置かれている。
 シーサーは寺社以外にも、民家の屋根の上によく見ることができた。

【漲水御嶽(はるみずうたき)】
Utaki

 こちらは宮古島古来からの信仰の場であった、漲水御嶽。
 案内板に説明が書かれており、御嶽は琉球の神が住み、あるいは訪れるところだそうで、そのなかでもこの漲水御嶽はとりわけ多くの神が訪れる聖域であるとのこと。

【パイナガマビーチ】
Beach

 ホテル前にパイナガマビーチという小湾があり、ちょっとした名所となっている。なかなかにきれいな砂浜と海を持つ湾であるが、「ハブクラゲに注意」という、物騒な看板がいくつも立てられており、あんまり遊泳には向いていないみたい。


 ぶらぶら歩くうち、暑さで参りそうになってきたので、ホテルにさっさと戻って涼み、それから空港へ出発。そして那覇経由で宮崎へと着。

 宮崎に戻った時の最初の感想。
 「ああ、宮崎は涼しい…」


 宮古島訪問の記(1)
 宮古島訪問の記(2)
 宮古島訪問の記(3)
 宮古島訪問の記(4)

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June 06, 2010

宮古島訪問の記(4) レース後宴会

 宮古島最後の夜は、市内の串焼き屋で宴会。

 ところでレース結果について、私は意外なことを知った。
 参加メンバーは私を除いては走りこんでいる人たちばかりなので、全員余裕で完走していたと思っていたが、Aさんは途中リタイア、鉄人Sさんは落車で棄権したとのこと。

 Aさんは寝不足で体調不良気味のところ、炎天下を走っているうち、47kmあたりで足が上がらなくなり、そこで無念のリタイア。やはりこの気象条件は過酷であったか。
 Sさんは160kmレースで先頭集団の一員として猛スピードで突っ走っていたのであるが、池間島大橋の登りのところで、突然前方を走っていた人の足が止まり、猛スピードを出していたSさんは、よけることができずにぶつかってしまい落車して負傷。やむなく棄権にいたってしまった。
 集団で走っていると、たしかに坂を登る力を持たず、突然目の前でスピードダウンする人っているよなあ。私もじつはそれで今日危ない目に二度ほどあった。私のごとき素人からすると、自分の実力より明らかに上の集団に入って無理して走るのは、危険だし、迷惑行為だし、それをしないことは最低限のマナーに思えるけど、そのへんはどうなっているのであろうか。己の限界にチャレンジすることがレースの醍醐味とかいうことなら、レースはあまりに危険なスポーツに思える。
 それはそうとして、Sさんが落車したとの情報が伝わると、みんなの第一声は「バイクは大丈夫か?」ばかりであったとのこと。身体のほうをまず心配してくれよ、とSさんは嘆いたが、なんといってもSさんの愛車はピナレロ・ドグマ60.1.というスーパーバイクである。しかもSさんのバイクは、パーツ、ホイールとも最高級のものを搭載しており、しめて200万を超えるという超高額バイク。たしかにSさん自身より、バイクのほうをみなが心配するのもわからぬでもない。
 ちなみにバイクは無事であり、またSさんも40km/hr超のスピードで落車したわりには、幸いなことに軽傷で済んだ。

 100km組で先頭集団に入って私を追い抜いていったTさんは、途中で先頭集団からちぎれてしまった。それでも3時間3分で完走。平均時速は32km/hr超という素晴らしい記録である。

 そういうわけで、宴会は完走祝賀会と残念会を兼ねたものとなった。

 出てきた料理のうちのいくつかの写真をずらずらと並べる。

【串盛り合わせ】
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【串揚げ】
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【島らっきょう天ぷら】
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【チャンプル】
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 串焼き屋だけあって、脂っこいものが続く。
 レースで大量にカロリーを消費したあとは、このような高カロリー食で栄養を補填すべしではあろうが、さすがに中年族の胃袋には負担が重く、みなさん主に野菜やら豆腐やらのほうを好んで食べておりました。

 本日は節制する必要もなく、生ビールに加え、泡盛もガンガンと飲み、宮古島の夜は更けていくのでありました。

 宮古島訪問の記(1)
 宮古島訪問の記(2)
 宮古島訪問の記(3)
 宮古島訪問の記(5)

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宮古島訪問の記(3) ロードレース160km

 夜が明けて早朝にホテルを出発して会場に向かう。
 本日のメンバーは100kmレースに参加のAさん、Tさん、それに160kmレースに参加のSさんに私。さすがに昨日のメンバーよりも自走の速度が上がっている。

 宮古島市長の開会宣言ののち、午前7時に160km部門のスタート。
 総勢146名のメンバーの中ほどを走るが、来間島を渡る来間大橋の登りで脚が重たいことに気付く。昨日はスコスコ登れた坂が、どうにも勾配を感じてしまう。これは昨日炎天下のなか100kmを走った疲労が脚に残っているんだな。
 毎日100kmを走る鉄人Sさんと異なり、私は休日限定のサイクリストである。二日続けてのロングライドには無理があったか。ま、当たり前だな。なにはともあれ、なるべく脚に負担をかけないように軽めのギアで漕ぎ続けて行く。

 来間大橋を折り返す頃は、先頭集団はすごい速度ではるか彼方を走っていた。
 私は第何集団かは知らないが、下位のほうを35km/hrくらいで走っている10数名の集団に入り、その速度にあわせて巡航した。この集団は池間島大橋を折り返すころまでは一塊となっていたが、橋を越えたころからばらけだし、私は3人のグループの一員となって走っていった。
 55kmくらい走ったところで、突然巨大な機械のうなり音が後方から響いてきた。そして「先頭集団通りま~す」とのかけ声があり、あわてて道の左端に寄ると、ゴォォォーと旋風を巻き起こしながら、30数台ほどの100km組の先頭集団が、あっという間に横を走り抜けていった。40km/hr以上の速度は余裕で出ている。彼らは55kmをあの速度で突進しているわけで、その走りっぷりを見て、私は「こいつら、人間じゃねえな」と思った。
 なおあとで知ったのだが、その集団のなかには、りんりん館メンバーのTさんも入っていた。ホテルからの自走のさい、Tさんの腓腹筋の盛り上がりを見て、「この人は、ただものではない」と思っていたが、やはりただものではなかった。

 東平安名崎までの道は、3名で抜いたり抜かれたりの巡航。
 それにしても8時を過ぎたくらいから、暑さが厳しくなってきた。本日の最高気温は30度だったそうで、いわゆる真夏日である。しかも道路の上は、直射日光は受けるし、アスファルトの照り返しはあるわで、体感温度は40度は越えていたはず。
 ASごとにスタッフより差し出される水ボトルをキャッチして、がぶがぶ飲んで、身体中にふりかけて、そしてまた飲んだりしながら走り、脱水症の予防に努める。今回のレースは、なによりも暑さとの格闘が大変だった。地元の新聞には、本日の宮古島ロードレースを「熱漕(ねっそう)」と称していたが、まさにその通りの暑さであった。

 東平安名崎を越えてからの海岸沿いのアップダウンコースに入ると、脚を使いきった人たちがずり下がってきたので、その人たちの後をつけたり、抜いたりして、そのうちスタート地点の会場前に戻った。
 大会スタッフから「完走おめでとうございま~す」とマイクで声をかけられるが、それを無視して私が走り抜けると、「あ、160キロの人ですね。がんばってくださ~い」と後ろからさらに声をかけられた。
 100km組はここでフィニッシュだが、私ら160km組はあと60km残っているのである。
 スタート地点には3時間25分で到着。100kmを平均でほぼ30km/hrの速度で走破したことになる。いつもの私の標準タイムとはかけ離れた値であるが、これが集団で走るロートレースの利点であるな。

 さて、足切り時間が午後1時半であり、あと3時間残っている。そうなると残り60kmを平均時速20km/hrで走れば完走できることになる。これからの60kmは単独で走ることになるだろうから巡航速度は落ちるに決まってるが、それでも、いくらなんでも平均20km/hrは楽勝の数字である(はずだ)。
 というわけで、残りの60kmはお気楽モードでペダルを漕いで行くことにする。

 海岸線を離れての60kmコースは、サトウキビ畑のなかを走っていく、なんとものどかなコース。ますます暑くなっていくなか、脱水症に気をつけながら走るうち、後ろから一台追いついてきた。
 この位置では、タイムや順位はもう気にするほどのものではなく、そして完走はほぼ約束されているので、追いついた一台もお気楽ムード。「どこから来ましたかあ」「こんなに暑いんじゃあ、100kmにしときゃよかったですね」とか雑談を交わしながらつるんで走っていく。
 海岸線に出たころ水筒の水が空になってしまったので、比嘉ASで水分補給のために初めて停車した。120kmをノンストップで走れたのだから、公道を交通規制するロードレースの有難さがよく分かった。
 水筒に水をつめ、冷水をがぶがぶ飲み、ついでにバナナやオレンジをむさぼり食ってるうち、もう一台は先に発車。この後は、私は前にも後にも人をみない単独走行をすることになった。

 もう走るのが3回目になる東平安名崎からアップダウンの激しい海岸線を行き、インギャービーチ前ASで最後の給水ボトルをキャッチして、それから大きな坂を越えてしまうと、あと5km、あと4kmという標識が現れ、ゴールが近づいてくるのを実感できる。
 そしてようやく会場前につき、フィニッシュゲートが見えてきた。
 ガッツポーズをする順位でもないので、周囲の拍手にあわせて、自分でも拍手しながら、今度はホンモノの「完走おめでとうございま~す」コールに迎えられフィニッシュゲートを通過。
 暑さとペダル漕ぎでヘロヘロではあったが、なんとか完走に成功。時間は5時間54分であった。平均時速は約27km/hr。後半でずいぶんとペースダウンしてしまったが、ま、それが本来の実力ではある。

 会場に着いてからは身体をクールダウンしながら、残りの10数台のゴールを私も拍手で迎えながら観戦。
 最終走者の後ろには、なんと警察車両がぴったりとガードしている。
 これって、けっこうプレッシャーだろうなあ。

 最後の走者のゴールを見とどけたあと、ホテルまで自走して帰った。
 160kmを走ったあとは、正直当分自転車はいいやと思ったが、自転車を走らさねばホテルには戻れない。そしてその帰りのコースが、レースコースと一緒なわけで、余計に疲れるものを感じてしまった。


 さて、宮古島ロードレース。
 コバルトブルーの海、美しい海岸線に岬、大橋や風車に灯台、と眺めのたいへん良いコースであった。また道路には亜熱帯性の植物がたくさん植えられており、南国情緒が豊かである。そして、ところどころ応援のために、三線(沖縄三味線)と太鼓で民謡を奏でている人たちがいて、その音楽を聞いていると、ああ沖縄の道を走ってるんだなあという風情が感じられてたいへんよかった。
 誰にも勧められる素晴らしいレースコースであったと思う。…この暑ささえ、なかったならという条件つきであるが。
 もちょっと涼しい時期にはできんのかねえ。まさか宮古島は一年中真夏というわけでもなかろうし。


 宮古島訪問の記(1)
 宮古島訪問の記(2)
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June 05, 2010

宮古島訪問の記(2)サイクリング 100km

 今年は梅雨前線が停滞しており、宮古島も天候が不安定となっていて、土日は雨が降るとの天気予報であった。しかし本日、外を見ると見事な晴天が広がっている。ほとんど梅雨明けと言ってよいくらいの澄んだ空。これはなんたる幸運と思ったが、…じつはそう幸運でもなかったことがあとで判明。

【りんりん館チーム+1名】
1

 ホテルから会場までの約10kmを自走する。
 宮崎から遠征のりんりん館チームに、名古屋からの遠征者一名を加えての足慣らし走行。
本日のりんりん館チームは主催者のAさん夫婦に、Sさんに私。
 Sさんは一日100km、一か月3000km、一年で地球をほぼ一周する距離を走るという鉄人であり、後ろ姿もやっぱりペダリングがしっかりしている。

【会場】
2

 会場で受け付けをすませ、ゼッケンなどをつける。
 それにしても見事な晴天だ。宮古島の季節はもう夏だな。

【スタート地点】
Start

 200名ほどが100kmのサイクリングに参加。
 出発は12時という、ずいぶんとまた暑い時刻である。
 中盤くらいの位置からスタートし、周囲の者と同じ速度で走る。最初の名所である来間島大橋で軽い登りがあり、登りの箇所で集団がずり下がってしまい、いつのまにか私はトップグループに入ってしまった。さほどの速度でもなかったので、ついでとばかりペダルを早め先頭の車をぶっちぎって先頭に出て、そのまま先導のスクーターのあとを追いて行く。
 じつは私の乗っているバイク、コルナゴEPSはレース用のバイクであり、その部門での名車と評されている。たしかにその突進力は素晴らしく、平地を走らせるとものすごく速いのである。ただ、オーナーの私に高速で巡航する脚力と根性がなく、わがEPSはもっぱらローギアでの山登りにばかり使われているという不憫な境遇のバイクであった。それが今回、サイクリングとはいえ、多数の参加者のうちのトップを数キロも走ることができ、レース車としてさぞかし満足であろう。これでいつ成仏しても本望といえる。…いや、ほんとに成仏されては困るのだが。

 さて、スクーターの先導のあと40km/hrくらいの速度で走ってるうち、はやくもバテてきた。脚力云々というより、暑いのである。それも、ものすごく。身体に熱気がこもり、汗が大量に出るので、水分を補給したいのであるが、私はペットボトルのみ用意していた。ペットボトルは構造上両腕を使わないとフタが開かず、30km/hr超で走っているとそんなことは不可能である。いくらレース初心者とはいえ、アホであった。水分補給もままならず、といって停車する気にもならず、水・水と思いながらペースダウンするうち、一台にヒュイーンと抜かれてしまった。そしてまた一台に抜かれたが、その一台は私を抜いたあと、後ろをチラチラと見ながらペースダウン。これはついてこい、との合図なのかなと思い、そのあとを追いかけていくうち10名ほどの集団が形成され、35km/hrくらいでの巡航となる。そして集団で走ると、漕ぐのがすっごい楽なことが判明。これは明日のレースに応用できるなとか思いつつ、やはりのどは乾いたままで、水・水と思いながら、なんとか最初のエイド・ステーション(AS)に到着。

【パイナガマビーチ前】
3

 バイクを止めて、冷たい水を何杯も飲む。冷たい水は、身体の隅々の細胞までいきわたり、身体全体がよみがえるような安堵感を得る。
 ひと心地ついたころ、りんりん館メンバーのSさんが到着。Sさん、一人で気楽に走ってるうち道に迷ってしまい、だいぶと遅れてしまったそうだ。Sさんは小休止したのち出発。私は顔を洗ったりして、身体の温度を下げたのちに出発。
 Sさんに追いついたら、その後ろについて走って行こうと思っていたが、ついにSさんの後ろ姿さえ見ることなしにサイクリングは終わってしまった。それもそのはず、Sさんはその後ずっと先頭集団で走り、ついにはサイクリング部門一位でゴールしたのである。さすが、鉄人。

【池間島大橋】
4

 身体をいったん冷やしたのちも、自転車を走らせるとやはり暑くなる。
 この気候は、宮崎の感覚でいえば、もう盛夏である。さすが南国の島。そして、盛夏の真昼といえば、本来ならとても自転車走らせる気象条件ではない。
 いい加減に走ると脱水症を起こすことは必然なので、各ASで水分を十分に補給し、ついでに塩分もとる。
ASで停車したのちは、先行するどれかの集団に追い付き、それについていくことを繰り返す。自転車というものは、一人で走るのと、集団で走るのは、空気抵抗が異なり、疲労度がまったく違うのである。また時速も軽く5km/hrはアップする。一人で走ってばかりしていた私にとっては、目からウロコの体験であった。
 やがてコースは次の名所、池間島大橋に到る。
 コバルトブルーの海を一直線にまたぐ、美しい橋であった。

 このあたりで、大会スタッフのゼッケン8番をつけたペースメーカーの人に率いられた集団に追い付き、それが30km/hr超のいいペースで巡航していたので、40kmほど一緒に走らせてもらう。楽チンであった。

【東平安名崎】
5

 ペースメーカー先導の集団に入って走るうち、島北側のアップダウンのあるコースにいたると、集団がばらけてきてしまった。比嘉ASで休止となったが、ペースメーカー氏は集団が追い付くのを待っており、集団が揃うのにはけっこう時間がかかりそうなので、私は先に出発。
 ここから先は入りやすい集団を見つけることは出来ず、結局ゴールまで一人旅となった。
 一人旅になってから着いた名所、東平安名崎。
 天の橋立みたいに海岸に挟まれた細い道を、灯台目指して岬の突端まで走っていく。高度感もあり、海風も気持ち良く、これはいいコースである。

【インギャビーチ】
6

 東平安名崎を過ぎ、海岸沿いを走るが、ここからは凹凸の激しい、けっこう足に来るコースとなる。宮古島はフラットなルートがウリだそうだが、そうでもなかったぞ。
 最後の大きな坂の前が、インギャビーチAS。ここでもしっかり水分を補給する。
 バイクを立てかけておいたら、大会スタッフの人が私のバイクを見て、「スーパーバイクがスーパーに汚れてますね」との突っ込みをいれる。いや、さすがに輪行袋に収納するときは、きれいに清拭したのであるが、昨日のサイクリングで雨のなかを走ってしまったため泥がいっぱいついてしまったのであって、普段はこんなには汚れてませんよ、と心で言い訳をしておく。
 それにしても現在の順位はたぶん全体の半分くらい。スーパーバイク、コルナゴEPSが本来いる順位じゃねえな。かえすがえすも、オーナーに恵まれないバイクであることよ。

 インギャビーチの坂を抜けると、あとはそれほどの坂もなく、街中の走行となる。
 途中で、りんりん館チームのAさんご夫妻に追いついた。Aさんご夫婦は60kmの部門に参加していたのである。挨拶して追い抜き、あと5km、あと4km、あと2kmと書いている標識を見ながら、ようやくゴール。
 サイクルコンピューターでみると、100kmを3時間40分で走破。平均時速は27km/hrほど。このペースで走れるのなら、明日は足切りにあうことなく完走可能だな。

【Aさんご夫婦ゴール】
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 会場でストレッチなどしながら身体をほぐしているうち、Aさんご夫婦もゴール。まだまだ余力を残しての余裕のゴールに思えたが、奥さんは限界寸前だったそうだ。それから愛知のIさんも到着。一位でゴールしたSさんも含め、サイクリング参加者全員がめでたく完走に成功。

 その後、グローブを紛失してしまったSさんとともに、宮古島唯一のサイクルショップくるくるに行き、Sさんはグローブを、私はサイクリング用水筒とボトルゲージを購入。明日はレースなので、今日のような休憩はとらず、ほとんどノンストップで走ることになるであろうから、これがないととても完走など出来ないことは本日身にしみてわかった。そういうことが今頃分かるサイクリストもちょっと珍しいのだろうが、とりあえずレース前に気がついて良かったなり。

【夕食】
8

 猛暑のなか100kmを走って、そうとうにスタミナを浪費している。
 夕食はカロリーが高くて消化のいいものを食べようと、Sさんと意見が一致して、市内中心部の洋食屋「キッチンさとう」で、ハンバーグステーキ大盛りをともに注文。私は生ビールを頼むが、Sさんは明日に備えてアルコールは自粛とのこと。節制の効く人だなあと感心。私はロングライドしたあとビール飲まないと、何しに自転車漕いだのかわからなくなってしまうもんなあ。これは山登りも同様で、山小屋泊のときも必ずビールは持って登るし。(そういう人は山ヤに多い。というか、山ヤのほとんどはそのタイプである)

 ハンバーグステーキは肉質もよく、またデミグラスソースも旨みが豊かで、これはなかなかの上物であった。
 それにしてもこの店は居酒屋も兼ねているのだが、隣で騒いでいる集団の騒ぎっぷりはすごかった。焼酎だって、ピッチャーになみなみとついだのをガンガン飲んでいるし。焼酎飲みのパワーは、宮崎や熊本でいくらでも見てきたが、宮古島はそれとはケタ違いのパワーである。さすが南の島と妙に感心する。

 さて、明日は4時半起床、5時半ホテル出発、7時にレーススタートという、体内時計が変調を来すような日程である。
 なにはともあれホテルに戻ったのちは、速効で就寝して明日に備えた。


 宮古島訪問の記(1)
 宮古島訪問の記(3)
 宮古島訪問の記(4)
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June 04, 2010

宮古島訪問の記(1)

 ツール・ド・宮古島2010に参加するために、宮古島を訪れた。
 宮崎から那覇経由で宮古島に飛ぶ。カウンターで輪行袋入りの自転車を預けるけど、こんな大きな荷物が無料で預けられることにちょっと感心した。まあ、自転車乗りは同年代の者に比べ体重が少ないのが普通なので、燃料代に限れば、航空会社としては特に損はないか。

 那覇空港で昼食。
 沖縄に来たからには、沖縄名物でも食べてみたい。それで「ソーキそば」を頼んでみた。

【ソーキそば】
Soba

 沖縄ソバについては、さとなお氏の著書「胃袋で感じた沖縄」で知識としてはあった。そして食べた感想としては、読書で予想したものとだいたい同じであった。素朴で、家庭的なものですな。沖縄ソバは、本土のラーメンと源流は一緒だそうだが、これと比べると、ラーメンという食い物がいかに専門的に、マニアックに、複雑に進化したかがよく分かる。
 なお「胃袋で感じた沖縄」には、沖縄名物として山羊料理も載っており、強靭な胃袋を持つさとなお氏でさえ、その獣臭さに悶絶しながら格闘する項があって、読者は笑い転げること必定である。今回の沖縄行で山羊料理を出す店があるなら、こわいものみたさに少しばかり試してみようかなと思っていたが、残念(?)ながら、訪れた店どこにも山羊料理はメニューに載っていなかった。

【自転車】
Bicycle

 宮古島に着き、まずは自転車を組み立てる。
 観光シーズンというわけでもない今の時期は、ホテルには大会に出場するものばかりが泊まっており、ロビーにはずらりと自転車が並ぶ。どれも高価はバイクばかりだな。

【砂山ビーチ】
Sand_road

 とりあえずは自転車でぶらりと周囲を散策。
 道路の標識を見ながら、面白そうなところがあればそこに寄ってみた。
 まずは砂山ビーチなるところを目指すが、道は舗装路からいきなり砂道となってしまった。この奥にお目当ての「砂山ビーチ」があるはずだけど、そのまま行くとギアとチェーンが砂まみれになって、おそろしいことになるのでここでUターン。
 そのあと平良港、空港周辺を走っているうち、雨が降ってきた。ずぶ濡れになりながらホテルに戻り、本日のサイクリングは25kmで終了。


 夕食は参加メンバー一同とともに市内の寿司店にて。

【泡盛 菊之露】
Awamori

 沖縄といえば、やはり酒は泡盛。オリオンビールでのどを潤したあとは、泡盛ロックをぐいぐいと飲む。

【地魚の造り】
Tsukuri

 造り盛り合わせは地元の魚で。右上から時計回りに、白鯛、グルクン、マグロ、カツオ。貝はティラザにシャコ貝。

【島らっきょう炒め】
Shimarakkyou

 沖縄名物島らっきょうを味噌で軽く味付けして炒めたもの。
 島らっきょうって初めて食べたけど、シャキシャキした食感といい、豊かな香りといい、ほどよい感じの味といい、これはなかなかの逸品。ニラとかニンニクの、くどいところを抜いて、いいところだけを集めたような食材であり、これは酒飲みにはたまらない肴である。

【もずく】
Mozuku

【海ぶどう】
Umibudou

 沖縄名物といえば、この2品もいちおうはずせない。
 特に海ぶどうは、九州では出てくる店は少ないし。

【ヒメフエダイの煮つけ】
Fish

 南の海の魚って、暖かくて餌も豊富なところを泳いでいるだけあって、脂の乗りはイマイチだし、味もぼんやりしており、あんまりやる気のない魚ばかりだなあとか、食っていて思ったのであるが、このヒメフエダイはやる気のなさが幸いして、出汁の味がうまく浸みわたっており、いい塩梅の食感と味付けになっていた。これは文句なしに美味く、お勧めの料理である。

【パッションフルーツ】
Pasion_fruits

 このパッションフルーツは中身も美味しいが、中身を食ったのちに、焼酎を入れると、香りが引き立つ器にもなるそうだ。
 その美味さを一員が褒めたところ、お土産にとどっさりと頂いてしまった。
 そのへんにいくらでも成っている木の実なんかいなと思ったけど、あとで空港でみると一つ150円した。気前のいい店だな。


 オリオンビールに、泡盛をがんがんと飲んで、満足した気分でホテルへと戻る。
 明日のサイクリングのための栄養もしっかり補給したし、体調ばっちりでサイクリングに臨むぞう。


 宮古島訪問の記(2)
 宮古島訪問の記(3)

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