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April 26, 2010

読書:世界クジラ戦争 (著)小松正之

 なにがなんでも鯨は獲らせないという強固な意志を持つ国米国をトップとする集団が牛耳るIWC(国際捕鯨委員会)で、世界を相手に独り戦ってきた水産庁役人小松氏の奮闘の物語。

 小松氏は捕鯨の意義を極めて論理的に説明し、日本の商業捕鯨を再開させようとするのだが、その企ては反捕鯨原理主義国の米国の論理を無視した横暴な反撃によりいっこうに成就しようとしない。

 小松氏の論ずるところは極めて明快である。
 鯨とは世界にとって極めて重要な食糧資源である。食糧を得るための産業として、水産業の他に、農耕,牧畜があるが、それらは環境に害を与えるマイナス面を持っている。農薬,化学肥料の使用、水資源の浪費、自然林破壊、屎尿処理等々。それに対して、鯨は餌はオキアミ、魚であり、屎尿は海で処理され、鯨は海洋の自然循環の中に位置しており、環境に優しい資源である。さらに鯨は今までの過剰な保護のために、世界の海中にうじゃうじゃと増えており(これはIWCも認めている)、これも大事な資源である魚を大量に消費している。それで鯨の保護が魚の資源の減少という深刻な影響をもたらしている。
 米国・英国が鯨油目的に鯨を獲りまくり大型クジラを絶滅の危機に追いやった前世紀の蛮行は論外として、捕鯨においては獲得する鯨の量を科学的に管理すれば、鯨も獲れるし今より多く魚も獲れる。環境にダメージをもたらすことなく、永続的な水産資源を利用できるわけで、環境保護のためにも捕鯨をしない理由はない。文明国および、その国の会議であるIWCの役割とは、鯨をきちんと管理して、水産資源として最大限に活用することにある。

 この科学的で完璧といえる論理に対して、米国はそれをはなから無視し、意地でも理解しようとしない。どころか文明的行為である捕鯨を、非文明国の野蛮な行為と罵り、あの手この手を使って日本の捕鯨再開の邪魔をする。
 このファナティックな反捕鯨運動をみて、米国がインドの牛みたいに鯨を神聖な動物として信仰し、鯨を守ることを国是としているかのごとく思っている人もいるかもしれない。しかし、それはまったくの誤解である。米国じたいが捕鯨国だからだ。
 日本の沿岸捕鯨がいつまでたっても認められないことに業を煮やした小松氏は、米国に対して反撃を行う。沿岸捕鯨に反対する米国自体がアラスカで沿岸捕鯨をしている。沿岸捕鯨の原則禁止を米国が主張するなら、まずは自分のところの捕鯨を禁止するべきではないか。
 これも完璧な論理であり、小松氏はそれをIWCの議題にあげた。この論理に抵抗することは難しく、提案は可決され、めでたく米国の沿岸捕鯨は禁止となった。しかし、他人には言うことをきかせるのに、自分は他人の言うことをきかない傲慢な国米国はすぐに自国の捕鯨を認めさせるべき緊急会議を開催し、強引に票を集め、自国だけは沿岸捕鯨ができるようにした。
 ここまでくれば、その自分勝手さは尊敬に値するなあ。

 米国相手に堂々たる戦いを続けた小松氏は、米国では相当に憎まれたはずであるが、その年のニューズウィーク誌の特集「世界が尊敬する日本人100人」のうちの一人に選ばれた。ここまで対米交渉で積極的にうって出た日本人は稀なる存在であったからだ。

 小松氏は日本の捕鯨、ひいては水産資源の獲得のために懸命に奮闘していたのだが、残念ながら後ろから鉄砲を打つものがいた。
 米国への協調および追随が史上命題である外務省および官邸は、「鯨ごときで米国との関係を悪化させられてはたまらない」と判断し、水産庁に命じて小松氏を担当から外した。やがて小松氏は平地に波瀾を起こすものとして水産庁からも邪険にされ、ついには水産庁を去ることになる。水産庁の若い者たちはそのことに、「頑張ることが報いられないとは…」とショックを受けたそうである。


 小松氏が去っても、小松氏の論理はまだまだ生きている。
 私たちは文明国に住んでいるので、その思考は論理的かつ科学的でならなければならない。商業捕鯨中止の時から、我々は鯨を食べる機会が激減したわけだが、それをもって鯨について、「あんまり食べないから」とか「鯨は美味しくないから(←美味しいってば!)」とか、あるいは「鯨が可哀そうだから」とか「他国が反対しているから」とかの理由で、捕鯨に対して消極的な人が増えている。
 個人が食おうが食うまいが、あるいは好きか嫌いかにかかわらず、鯨は重要な「環境に優しい資源」なのである。これほどエコロジーが重視される時代、鯨の価値はさらに高まっている。
 捕鯨は地球の環境を守るためにも、現代の文明国にとってほとんど義務に等しい産業である。そのことは、理性ある文明人として知っておくべきことであり、また次の世代に伝えねばならないことである。


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 世界クジラ戦争 (著)小松正之

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