黄砂に吹かれて
とんでもない低気圧の襲来で、強雨とともに台風なみの強風が吹き荒れた一日が明けた。低気圧も去ったことだし、さあスカっとした晴天だぞ、遠出するかと玄関の扉を開けると、なんなんだ、これは。四方全部が霧に塗りこめられたように白く染まって、遠景の山はそれに隠れてしまっている。太陽は出てはいるのだが、白い点となってぼんやりと空に浮かんでいる。春霞とかの生易しいものではない。黄砂が満ちているのだ。昨日の強風は、このろくでもない黄砂を置き土産にしていったわけだ。
しかし黄砂がやってくるとの情報は知ってはいたものの、ここまで激しい黄砂は初めて経験した。
それにしても尋常ではない黄砂の量である。環境破壊のせいで中国内陸部の砂漠化が進み、黄砂の量が増えてきているとは聞いていたが、ついにわが身に迷惑が及ぶ事態にまでなってしまったか。
古来には、農耕、文字、工芸技術等の恩恵を寄こしてくれたかの国であるが、近年はエチゼンクラゲや黄砂など、ろくでもないものばかり我が国に寄こしてくるなあ。わざとやってるわけじゃないだろうから、文句を言うわけにもいかんのだろうけど。
それはさておき、このろくでもない黄砂を題材にした、「黄砂に吹かれて」という中島みゆき作詞のいい歌がある。
黄砂は遠い異国の砂漠の産物であり、独特のエキゾチックなイメージがある。その黄砂に、果てしなきものへの憧れと、古のシルクロードの旅を思い起こせるロマンスをのせて、片思いのせつない心を「黄砂に吹かれて」と例えた秀逸な歌詞が歌われている。…黄砂も実物さえ見なければ、なかなかロマンチックなものなのだ。
「黄砂に吹かれて」は20年以上も前に、工藤静香が歌ってヒットしたからよく知られていると思う。ただ、工藤静香は上手な歌手であり、うまく歌っていると思うけど、この時の彼女はまだ若いので当然声も若く、歌の内容が「少女の片思い」という感じがして、「黄砂に吹かれて」という深いイメージがどうにも合わないように思える。
ここはやはり作詞した本人の、中島みゆき御大の歌で聞きたい。
こちらを聞けば、この歌が、酸いも甘いも噛みわけた女が、恋の喜びとその諦念を抱え、静かに心の中を吹き抜ける黄砂の風を感じている、その姿を歌った大人の歌ということが分かります。
名曲です。
【黄砂に吹かれて】
「音楽」カテゴリの記事
- ブルックナー第八交響曲@メータ指揮ベルリンフィル公演(2019.11.16)
- 宮崎国際音楽祭の夕べ ラ・ボエーム&らんぷ亭(2019.05.19)
- 幻想交響曲+レリオ:レ・シエクル管弦楽団(2019.03.02)
- 歌劇:タンホイザー@香港芸術節2019年(2019.03.01)
- 香港 音楽と食の旅(2019.02.28)
「時事」カテゴリの記事
- 天才快進撃:将棋の革命児 藤井聡太(2021.11.13)
- 天才が天才を語る @将棋棋聖戦雑感(2020.07.17)
- ノートルダムの詐欺(?)男(2019.04.15)
- 事象の地平線@ブラックホール撮影の快挙に思う(2019.04.11)
- 新元号「令和」に思う。(2019.04.01)
The comments to this entry are closed.

Comments