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March 16, 2010

3月15日(2) ブルータスの馬鹿

【馬鹿の船(愚者の船)】
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 私は前項でカエサルを馬鹿と罵ったが、暗殺者はそれよりもさらに馬鹿であった。

 暗殺の理由からして、馬鹿の極みであった。
 カエサルの暗殺の理由は要するに「カエサルが共和制を廃止、独裁者になろうとしたから、それを排除するためにカエサルを倒した」というものである。
 当時ローマは領土が広大になり、統治において各種の深刻な問題が生じるようになっていた。そして身内の合議でものを決める共和制では、決議に時間がかかりすぎて、国としての統制がとれない。ついには、どうにもこうにもならなくなってしまい、国が崩壊の危機に瀕してきたため、それを解決するためにカエサルが改革を行っていたのである。
 国が崩壊の危機に陥り、その危機を救うために先頭に立って改革を進めている者を、独裁者になろうとしているからという理由で暗殺してしまっては、国が壊れてしまう。そんな暗殺は、あり得ない愚行である。

 暗殺の首謀者の一人、マルクス・ブルータスは、カエサルの愛人であったセルヴィーリアの息子である。セルヴィーリアは教養豊かな賢夫人として知られていた。彼女は自分の愛人が息子に殺されたことを嘆きはしたが、息子の善後策を考え、有力者たちとの会議を持つ。

 そのときセルヴィーリアはブルータスが暗殺という野蛮な行為を敢えて行った理由、そしてカエサルを殺した後の混乱をどう制御するのかについて質した。ブルータスは、ただカエサルが共和制を廃止しようとしていたから殺した。殺したあとのことは何も考えていないと言った。
 セルヴィーリアは愕然とした。

 さて、人間とは案外と知的な存在なのであり、正真正銘の馬鹿というのはマレなる存在だ。しかしその正真正銘の馬鹿が実際に目の前に現実の存在として現れると、人はまるで人類そのものを冒涜されたような気分になり、無性に腹が立つものである。
 ここにいたり、マルクス・ブルータスは正真正銘の馬鹿であることが判明した。そのような馬鹿を目の前にして、賢夫人セルヴィーリアはまことに腹が立ったであろう。しかもその正真正銘の馬鹿が、自分が産みそして育てた息子であることで、さぞかし夫人は情けなく思い、さらに腹が立ったと思われる。
 「暗殺後のことも考えずに暗殺するとは、なんたる馬鹿だ!」ということを夫人は言い放ち、それから息子に会おうとはしなかった。
 この馬鹿息子の末路はみじめなものであり、「ローマ共和制を守った暗殺者」としての名誉も得られず、ただの犯罪者としてローマを追放され、そして犬のように殺された。

 ところでブルータスといえば、「ブルータス、お前もか(Et tu, Brute)」の台詞で有名である。これはシェイクスピアの戯曲「ジュリアス・シーザー」中、カエサルが暗殺者たち相手に奮闘しながら、暗殺者の中にブルータスの姿を認め、絶望のあまりはいた最期の言葉とされている。
 この台詞自体はシェイクスピアの創作であるが、たしかに暗殺者の中にカエサルがその姿を見れば絶望するに違いない人物が一人いた。そして彼こそ、ブルータスである。

 しかしややこしいがそのブルータスは、愛人の息子マルクス・ブルータスではない。暗殺者のなかには、マルクスの他にもう一人ブルータスがいて、こちらがそのブルータスである。このブルータスも超絶的な馬鹿であった。まったく古の時代、ブルータスという名前は、その名前がついた者は馬鹿になってしまうという呪われた力を持っていたかのように思えてしまう。
 そのブルータスの名を、デキムス・ブルータスという。
 デキムス・ブルータスは有能な軍人であり、カエサル将軍の信頼篤く、ガリア戦争、内乱戦争にカエサルの腹心として活躍した。カエサルは彼の能力を高く買っており、内乱が治まったのち、デキムスを要職につけ、次期のローマ執政官(首相みたいなもの)にまで指名している。
 しかし、このデキムス・ブルータスが何をとち狂ったか、カエサル暗殺部隊に参加した。理由についてはいろいろあるのだが、結局は「馬鹿だったから」としか言いようがない。

 カエサルが暗殺者のなかにマルクス・ブルータスを認めたところで、「頭の軽い男が妙な口車に乗って、神輿になってしまったのだろう」と瞬時に理由を理解したに違いない。カエサルはマルクス・ブルータスという人間の出来についてよく知っていたからだ。しかしデキムス・ブルータスの姿を認めたときは、誰よりも能力を買い、片腕と頼んでいた男までが、敵に回ってしまったことに、深い絶望を覚えたであろう。どうして今のローマに自分の手法が必要ということが、この賢明と思っていた男にも理解できないのか?
 暗殺者たちに対する抵抗を続けていたカエサルも、さすがにこの時点で心が折れたに違いない。「ブルータス、お前もか」の台詞は、だからシェイクスピアの創作だとしても、真実にとても近い言葉なのである。

 カエサル暗殺ののち、カエサルの遺言状が公開された。それには、「後継者として遠縁のオクタヴィアヌスを指名する。そしてオクタヴィアヌスがこれを拒否した場合は、デキムス・ブルータスを後継者として指名する」という内容が書かれていた。これを知ってデキムス・ブルータスはものすごいショックを受けた。それから猛烈な鬱状態に陥ってしまった。当たり前である。自分をここまで買っていた人物を、わざわざ殺してしまって後悔しない者はいない。
 この暗殺劇、および遺言状公開ののち、デキムスは腑抜けのようになり、やがて犬のように殺された。
 デキムス・ブルータスはせっかく優秀な頭脳を持って生まれたのに、肝心なところでそれを役に立てず、時代の流れに逆らう選択を行い身を滅ぼした。マルクス・ブルータスは単なる馬鹿であったが、デキムス・ブルータスはなまじ優秀であったため、かえってその裏に隠していた馬鹿さが際立ってしまう。


 さて、馬鹿者の集まりであった暗殺者の群れについて、その末路を簡単に述べる。

 ローマのためと称してカエサルを殺した暗殺者たちであったが、ローマ市民はカエサルが誰よりもローマのために尽くしていたことを知っていた。市民たちは、暗殺者たちを許さず、松明をもって暗殺者たちの名前を叫びながら襲撃し、暗殺者たちはとてもローマに住むことはできなくなり、みなローマ市から逃げ出した。

 彼らが逃げ出したあと、ローマの権力を握ったのが、カエサルの後継者オクタヴィアヌスとカエサルの部下アントニウスである。権力を握っていたのがカエサルだったら、何をやろうが少々のことは許してくれたのだろうが、そのカエサルを殺してしまったため、権力者は別の者になっていた。
 そしてその権力者の一人オクタヴィアヌスは、ギボンの評によれば、「冷徹で、冷酷で、計算高く、18歳からずっと偽善の仮面をつけ続けた、老獪極まりない」という人物である。後のローマ初代皇帝に対する評としてはあんまりだという気もしないでもないが、たしかにオクタヴィアヌスはそういう人物であった。最も敵にまわしたくないタイプの男である。そのオクタヴィアヌスが養父カエサルを殺した者たちに、情けをかけることなどありえない。
 オクタヴィアヌス一派は、暗殺者14名は当然として、ついでとばかりその一族郎党も2500名ほども殺しまくり、ローマを殺戮の血で染めて、カエサルの復讐を終えた。

 オクタヴィアヌスはローマの独裁者となり帝政の確立を目指した。
 暗殺者たちの目的、ローマ独裁の阻止は、まったく実を結ばず、彼らの暗殺行為は、自らと自らの周囲の者を滅ぼすだけの結果に終わった。いや彼らの滅亡だけならまだよかったが、カエサル暗殺により、ローマは内乱に突入したため、14年間ローマ市民は争いに巻き込まれ、多数の無辜の人の血が流された。
 ブルータスたちは、なんと愚かなことをやらかしたのであろう。
 まったく、馬鹿につける薬はないとはこのことである。

【馬鹿の船(部分図)】
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 ここで最初に挙げた絵を再掲する。
 これは、中世の画家ヒエロニムス・ボスの手になる「馬鹿の船(The ship of fools」という絵だ。「馬鹿は死なねば治らない」とか、「馬鹿につける薬はない」とのことわざが示す通り、古今東西、社会は馬鹿への対処に苦労していた。
 そして古のヨーロッパには、馬鹿が増えると、彼らを集めて船に乗せてどこかに流してしまうという過激な風習があり、この絵はそれを描いたものである。

 馬鹿にも筋のいい馬鹿と筋の悪い馬鹿の二種類がある。馬鹿を自覚している馬鹿と、馬鹿を自覚していない大馬鹿だ。この絵で船に乗っている馬鹿たちは、筋のいい馬鹿のようであり、たがいに己の馬鹿さを自慢しあっているようで、その船旅は楽しそうだ。彼らなら馬鹿の旅を、他人に迷惑をかけることなく、愉快に続けてくれそうである。

 カエサルを暗殺した馬鹿ものたちもこの手の筋のいい馬鹿ならまだよかった。ローマの現状に不満があるのなら、みんなで馬鹿船に乗って、地中海にでも船を出して、馬鹿の楽天地を目指して、馬鹿の旅をしてくれれば、全ての者が幸せであったであろう。
 しかし、彼らは筋の悪い馬鹿であり、自分たちの馬鹿さに気付くことはなかった。14名の大馬鹿たちは、自分たちの独りよがりの理想論で、己と周りを地獄に陥れる愚かな計画を立ててしまった。彼らは真の馬鹿だから、ついにカエサルの偉大性と崇高さを理解することはなく、ローマの唯一の希望であったカエサルに剣を突き立てた。その剣がじきに自分たちをも貫くことなど、つゆも考えずに。

 こんな馬鹿どもに、馬鹿の船に乗って海を漂っているのがお似合いの馬鹿どもに、畢生の仕事の途中で命を奪われたカエサルが不憫で不憫でならない。歴史上の人物で、カエサルを最も尊敬する私としては、せつにそう思う。

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Comments

連日の物語、興味深く読ませていただいております。
目から鱗の部分が多く、お陰で私の知的レベルも
随分アップした気が致します。

Posted by: itijouji1969 | March 20, 2010 06:33 PM

識らなかったことばかりです。
船の絵のくだりはつい笑って読ませて頂きました。ありがとうございました。

ところでセルヴィーリアは、バカ息子に愕然となったとありますが、毅然とした態度を取ったのでしょうか?愕然と毅然では違いますから・・・・
そして暗殺者の家族ということで処刑されたのでしょうか?
その後が気になります。

Posted by: ちらり~ん | March 20, 2010 11:57 PM

感想ありがとうございます。
小学生の時にハンニバル戦記を読んで以来のローマ史ファンですので、ローマ史にはこだわりがあります。ローマ史は多士済々の人物が登場してとても面白いので、その魅力の一部分でも知っていただき、書いた甲斐がありました。

セルヴィーリアの件、セルヴィーリアは最愛の愛人を息子に殺されるという、とんでもない目にあったわけですが、非常にしっかりした人でありまして、精神的ショックを受けながらも、一体なぜ息子およびその一派がそんなことをしたのか問いただし、納得できる理由があるのなら、彼らの身の安全のサポートをしようかと思ってたようです。セルヴィーリアはいわゆるセレブでして、ローマの有力者でしたから。しかし彼らの回答が「ただカエサルを殺したかった。その後のことはなにも考えていない」というあまりなものだったので、呆れ果て、そして怒ったわけです。毅然たる態度だったと思います。
セルヴィーリアはカエサルの多くの愛人のうちのカエサルが最も愛した人であったので、さすがに冷血漢のオクタヴィアヌスといえども、養父の最愛の愛人を殺すのは忍びなかったらしく、セルヴィーリアはローマ郊外の別荘で、静かな余生を過ごしたと伝えられています。

Posted by: 管理人 | March 21, 2010 10:46 PM

同じ母親としてセルヴィーリアの件がどうなったのか気になっていました。
毅然とした態度の取れる女性って魅力的です。丁寧に教えて頂きありがとうございます。
小説よりも面白く読ませて頂きました。又書いて下さる事を楽しみにしています。

Posted by: ちらり~ん | March 23, 2010 09:28 PM

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