« 山旅人さんを悼む | Main | オリンピック雑感(2) 国母選手の服装騒動に思う »

February 23, 2010

オリンピック雑感(1) スキージャンプ シモン・アマン賛

 オリンピックは超一流のアスリートたちがこの日のためにコンディションを整え、最高の技量を発揮する舞台である。世界各国から選ばれた彼らのレベルは紙一重の差しかなく、メダルの色は運も加味されて決まることになるのだが、まれには競技のなかに圧倒的な力を持つ者がいて、競技はその者の力を見せつけるだけの舞台になってしまうことがある。

 今回のオリンピックでその圧倒的な存在の一人が、ジャンプのシモン・アマンであった。


 スキーのジャンプという競技は、極めて特殊な競技である。
 スキーのジャンプは、なんとなく「飛ぶ」競技と誤解されているところがあるが、もちろん間違いである。坂を使って浮力を得るスポーツとして、ハンググライダーやパラグライダーがあり、あれらは坂を駆け下りて得た浮力を使って浮上して空を飛ぶわけで、たしかに「飛ぶ」スポーツであるが、スキーのジャンプはジャンプ台から踏み切った後、選手はまったく浮上していない。そこからはひたすら激しい速度で落下するのみなのであり、スキーのジャンプは何より「落下」のスポーツなのである。
 人間というものは、「速さ」や「高さ」には憧れがあり、それを追求する本能があるのはいいとして、「落下」に対してはそのような本能はなく、どころか恐怖を感じるのみなのであり、「落下」を究めるスポーツは、人間の本能に反している。
 それがゆえに、スキージャンプという競技は元は刑罰から始まった、という有名な説がある。「北欧のある国では、罪人を裁くためにスキー板を履かせて、ジャンプ台から落下させた。多くの者は着地に失敗し、死ぬか大怪我をするかであった。しかしなかには見事な着地をする者がいて、彼は罪を許された。そのうち見物人のなかから、あれはやって楽しそうだと思う者が現れ、彼らによってスキーのジャンプ競技が始められた」てな話であり、じつは私も以前は信じていたのであるが、完全なヨタ話である。しかしこんなヨタ話が広まったのは、ジャンプという競技が、恐怖を必然的に伴うものであり、一種のクレージーな競技といえるので、そんな競技は刑罰から始まったといえば、誰しも納得するゆえからであろう。

 まさにジャンプという競技のキモは、「恐怖の克服」にある。
 より長い距離を飛ぶということは、じつはより長い距離を落ちることを意味する。完璧な助走、完璧な踏み切り、完璧な飛行態勢は、より長い距離を落ちるための技術であり、もし着地に失敗すれば、その技術が完璧であればあるほど、ひどいダメージを受けることになる。

 シモン・アマンのジャンプは他のジャンパーのなかで明らかに一人だけ違うジャンプをしている。他のジャンパーは、空気に乗って、空気の抵抗を受けながら、ふんわりと着地をしようとしているのに(まあ、それが標準的なジャンプなのだが)、シモン・アマンはすごい速さでジャンプ台を発したのち、さらに加速を続けながら、スキー板と一体化して空気を切り裂いて進み、やがて雪面にぶつかるようにして着地する。(だから、着地が変だ)

 他のジャンパーがジャンプ台から放たれた紙飛行機のようなものなら、シモン・アマンはジャンプ台から発射された弾丸だ。
 これでは、シモン・アマンが圧勝するのは当たり前であろう。

 しかし、シモン・アマンの独自のジャンプスタイルは、先に述べた完璧な助走、完璧な踏み切り、完璧な飛行態勢に基づくのは明らかとして、それらにより人間離れした速度を得られるがゆえ、誰よりも失敗したときのダメージは大きくなることになる。一歩間違えば、死んでしまう世界だ。
 ジャンプするとき、そのダメージが脳裏に浮かばぬわけもなく、彼がいかにしてその恐怖を克服したのか、あるいは克服しているのか。シモン・アマンのジャンプの技術よりも、私はそのほうに深い興味をいだく。

|

« 山旅人さんを悼む | Main | オリンピック雑感(2) 国母選手の服装騒動に思う »

時事」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference オリンピック雑感(1) スキージャンプ シモン・アマン賛:

« 山旅人さんを悼む | Main | オリンピック雑感(2) 国母選手の服装騒動に思う »