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January 31, 2010

北森鴻氏を悼む

 新聞に北森鴻氏の訃報が載っていて、たいへん驚く。
 亡くなったのが48歳ということで、これは書き盛りの作家としては早すぎる死であろう。

 北森鴻氏のミステリは、面白いのは当たり前として、一番の特徴は文章が美しいことであった。
 ミステリ作家というものはいったい、内容の面白さを追求するあまり、文章に対してはあまり力を入れない傾向があり、文章の達人というのは少数派である。まあ、ミステリを読むとき、「面白いが文章が下手なミステリ」と、「文章は上手いが面白くないミステリ」のどちらかを選ぶかといえば、前者に決まっているわけで、ミステリ作家に文章力を求めるのは筋違いなのかもしれないが、北森鴻氏のミステリを読めば、「面白いし文章も上手なミステリ」がやはり読んでいて充実した読書の時間を得られることが分かる。

 北森鴻氏の作品は蓮丈那智もの、冬狐堂もの、香采里屋もの等、シリーズものが多く、それらはキャラも立っていて、読み終わるとすぐに次のシリーズのものが読みたくなる、魅力に富んだものであった。
 私にとって、北森鴻氏は新刊の刊行を楽しみながら待ちわびる作家であった。


 ところで愛読していた作家が亡くなったことは今までいくらでもあった。ただし、それらは現役で活動していたとしても、活動のピークはすでに終わっている人たちばかりであり、新刊を待ちわびるということもなかったので、その死を知っても、哀悼の念は持つものの、来るべきときが来たという印象を受けることが多かった。

 しかし、北森鴻氏は活動のピークで亡くなってしまったわけで、同時代に生きて、次の書物を楽しみにしていた身としては、大変にこたえるものであった。
 これは私の読書人生初めての経験である。


 ただ、48歳での死亡は早すぎるとはいえ、とんでもなく意外というものでもない。40過ぎになって、似たような年齢で亡くなる人はちらほら私の周りにも出てきた。
 つまり私も、同世代を生きている人の死に向き合わないといけない歳になったわけであり、北森鴻氏の死去も、その経験せざるを得ないイベントの一つなのであろう。
 歳をとるというのはそういうことであり、これは歳をとってみないと実感できないことであり、そうしてこれからもいろいろなことを実感していくのであろう。

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