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January 26, 2010

小野二郎 「プロフェッショナル仕事の流儀」

 NHKの番組「プロフェッショナル仕事の流儀」で日本で最高の鮨職人と称される小野二郎氏を扱ったものが放送されていたので観てみた。
 次郎氏の鮨ダネに対する仕込みのやりかたやそのレベルへのこだわり、シャリの握り方の工夫などが映像でうまく示されており、いい内容のものだったと思う。
 番組はミシュランで三つ星をとったときに作成されたものの再放送らしく、平成19年に82歳で鮨を握られていた小野二郎氏は、2年たった今でも元気に現役を続けておられるそうだ。

 私も一度「すきやばし次郎」を訪れたことがある。その時の印象は鮮烈であり、その思い出でも書いてみる。

 すきやばし次郎は銀座の年季の入ったビルの地階にあり、予約の時間ちょうどに店の戸を開けた。
 ヅケ場のなかには小柄な老人が椅子に座っており、ああこの人がかの有名な小野二郎氏なのだなあ、と鮨マニアとして感慨にふける。
 最初の応対は息子さんの禎一氏がされ、飲み物と苦手のものを聞かれる。ビールを頼み、苦手のものはないことを告げると、禎一氏は後の親父を振りかえる。そうすると、二郎氏はゆっくりと立ち上がり、私の前に来て、魚をとり出してからネタを切り始めた。
 「え、二郎さんが握ってくれるの?」と私は驚く。「小野二郎は常連にしか握らない」というのが当時伝説として広まっており、それを私も信じていたからだ。今はネット情報でいくらでも本当の情報が伝わっているので、一見の客でも二郎氏はなるべく握るようにしているとのことは分かるが、当時はそこまで情報はなかったのである。

 さて、その正面で見る生の小野二郎。
 高齢なのに背筋はしゃんとして伸びきっており、小柄ながらも迫力満点である。眼光は鋭く、店のすべてを睥睨し、時にギラリと厳しい視線を飛ばし、調理の指揮もとっている。
 その威厳に満ちた姿を前にすると、客としては、鮨が出てくるのを何かの神事が始まるかのごとく、畏まって待つ存在となってしまう。

 その小野二郎氏の握る鮨。
 鮨タネはすべて二郎氏が切りつけ、それから握りに入る。握りは手数が少なく、最小限の手の返しのうちに握りの形が整っていく。簡潔にして、リズムよく、姿美し、まさに熟練の技である。
 鮨はすべてが美味い。白身はどれも豊かな味が広がり、マグロも最高級に近い見事なもの。ジャンボ海老は茹で立てのものであり、濃厚な甘さがたまらない。炙り鰹はスモーキーな香りが旨さを十分に引き立ている。また貝もすごい。赤貝やトリ貝は今まで見たことのない分厚いもの。穴子はほんとうにとろけるような食感が楽しめる。
 どの鮨もレベルの高いものであった。

 そして次郎の鮨はやはり二郎氏の握るシャリにある。
 次郎の鮨はじつは私の苦手な「デカネタ、デカシャリ系統」なのであり、けっこう大きい。しかしでかいネタは要は素晴らしいネタを十分に客に味あわせるための次郎の流儀であり、そしてそのネタをきちんと支えるシャリが次郎の鮨のすごいところだ。シャリは口の中に入れと、一瞬の歯応えを感じたのち、それからぼ~んと広がる、いわゆる「口の中でほぐれる」でなく、口の中で炸裂するようなシャリ。これを私は勝手に「ぼよよん鮨」と名付けたが、このぼよよんたる食感は、個性強いネタにまったく負けることなく、見事に調和しており、このネタにはこのシャリだなということがよく分かる。

 そのように素晴らしい鮨が次々と出てくるわけだが、…二郎氏は一人で刺身を切り、それを一人で握るのに、そのテンポが非常に速い。
 ひとたび鮨を握り始めれば、二郎氏は全ての情熱を鮨を握ることに捧げるかのように、小気味よく、快適な、おそらく鮨を握るのに最適と二郎氏が信じるペースで、際限なしのように、怒涛の勢いで鮨が握られ続ける。客としては、その二郎氏の最適のペースに振り落とされないように、懸命についていかねばならず、ゆったりと酒を飲んでいる暇などない。
 結局私はデカネタデカシャリの次郎の鮨を二十数貫、30分で食べたわけで、さすがに腹がきつかった。

 次郎氏は握りを終えたのちは、すっと雰囲気が異なり、番組でよく表れていた柔和な表情となり、「やさしいお爺さん」という感じとなる。私が退店するときは、店の外まで出て見送ってくれもした。(これも一見の客に対する次郎氏の流儀だそうである)

 それにしてもあの30分間。
 あれは不思議な時間であったなあ。
 小野二郎氏は、鮨に対して狂気といっていいまでの思い込みを持ち、それを何十年間も持ち続け精進してきた修道者のような人と思われるが、そのため独自の高みまで達しているのであろう。だから鮨を握るときの二郎氏は、まさに鮨の神様が降りてきたかのような、「美味い鮨」をただひたすら握る、鮨の神の化身のような存在と化す。客は神事に臨む神徒のように、ただただ鮨の神様が供する鮨を食するのみである。

 「すきやばし次郎」は、普通の寿司屋に求められる「くつろぎ」とか「おちつき」とかは、薬にしたくともない店であるが、そのようなものを元々求めるべき寿司店ではないのであろう。
 すきやばし次郎という店は、小野二郎という鮨の神様が存在する、その稀なる時間を味わうことがなによりも素晴らしい、そういう店に思えた。

 東京にはいい寿司店が多く、その後次郎に行く機会もなかったが、番組を観て二郎氏が健在のうちにまた行きたくなった。

……………………………………………
NHK プロフェッショナル 仕事の流儀

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