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December 22, 2009

映画:This is It : Everybody loves Michael Jackson

 この映画は泣ける。
 誰しも観終わったとき、泣かざるをえない。それほど感動的で、かつ悲劇的な映画である。

 This is itはロンドンで行われる予定であったマイケル・ジャクソンの公演のリハーサル風景を記録したものを映画化したものだ。
 世界中から選ばれた、ダンサー、ミュージシャン、ミキサー、振付師、衣装係、演出家、CGグラファー…たち超一流のスタッフをマイケル・ジャクソンは統率して、ロンドン公演の各演目の演奏を完成に近づけていく。
 スタッフたちはみなマイケルを尊敬し「マイケルと仕事をしたい」思いで集まった人たちであり、マイケルは圧倒的力を持つ存在なのだが、マイケルは誰にも親切であり、また心優しい。マイケルはほんとうにgentleな人なのだ。
 そして、ミュージシャンの指示とかで、マイケルは楽器は弾けないのだが、口で楽器の真似をして自分のやりたい音楽を伝えていく。そのフレーズやリズムはまさに完璧であり、マイケルの音楽家の才能の凄さが分かる。ダンスにいたっては言わずもがな。ダンサーを引き連れ踊るとき、若く体力豊かな若者にまじっての踊りで、マイケル・ジャクソンのダンスは、結局はマイケル・ジャクソンにしか踊れないのだなあということがよく分かる。
 音楽、ダンス、これを舞台で演じるときのマイケルは、まさにミューズの申し子のような人であり、いや「神が人に喜びを与えるために使わした」ミューズの化身そのものに思える。

 マイケル・ジャクソンは、神から作曲、ダンス、歌、これらを扱う最高級の才能を与えられた。マイケルはその才能をただただ発揮してきた。マイケルは歌を歌い、踊ることが、人を喜ばせ、かつ自分も喜ぶということを幼いときから知り、それを行うことが人と自分の幸せになると信じて人生を邁進してきた。

 マイケルは、文学的意味で、永遠の少年だったと思う。
 少年というものはじつは形而下的存在であり、大人同様に、世知辛く、狡猾で、損得だけで動くような存在なのだが、しかし稀に自分には他の人を喜ばすこと才能があることに気付き、それを磨きあげることが自分の幸せと思う少年がいる。
 私たちは歴史で、例えばモーツァルトという「永遠の少年」をすでに得ている。音楽の至高の才能を持ったモーツァルトは、人を喜ばすことに幼少の時から懸命の努力を費やしてきた。そして彼の音楽はたしかに成功したが、それによる世俗の成功は、彼を利用する人々により食い荒らされて、芸術ではあれほどの成功をおさめたモーツァルトも、実生活では惨めとしかいいようのない生活を送らざるを得なかった。しかしそんな生活のなかでも、モーツァルトは、少年の純粋な探求心と好奇心で、作曲を続けていき、晩年の作品は聞く人誰もが深い感動を覚える、芸術史の中でも最高の部類のものとなっている。


 マイケル・ジャクソンをあのモーツァルトと同様に述べるのはおかしいでしょうか?

 しかし私には、もしモーツァルトが現代に居たとしたら、それが誰に近いかと言えば、マイケル・ジャクソン以外思いつかない。
 誰よりも美しい音楽を作り、誰よりも人を楽しませ、でも誰よりも傷つき、しかし誰よりも優しかった。


 映画の終わりで、公演のリハーサルが完成に近付き、打ち上げのような形でマイケルをスタッフ皆が囲むシーンがある。
 マイケルを愛し、マイケルを尊敬し、マイケルと仕事をすることに至上の喜びを感じていた者たちが、目前に迫ったコンサートを前に高揚しながら、マイケルと手を触れ合う。
 マイケルというミューズの化身と一緒に仕事をした喜びが画面いっぱいに伝わってくる。

 みんな、マイケルを愛していた。

 そして、それは私たちも。

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This is it 公式サイト

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