« 映画:カールじいさんの空飛ぶ家 | Main | 今年の初河豚を彌作(@延岡市)で味わう »

December 16, 2009

絶品の生ハム「クラテッロ・ディ・ジベッロ」

 クラテッロ・ディ・ジベッロ(culatello di Zibello)は、イタリアのジベッロ村で作られる生ハムである。
 秋によく育った豚の大腿の肉を塩漬けにしたのちその豚の膀胱に詰め込み、じっくりと熟成させる。そして1年ほどたって、味が頂点に近付いたころに商品として市場に出てくる。その時期がちょうど今頃である。
 福岡では天神岩田屋の加工肉食品店の「阿蘇の逸品」がクラテッロ・ディ・ジベッロの取扱をしており、11月を過ぎて店頭にこの生ハムが並ぶことになる。ちなみにクラテッロ・ディ・ジベッロも質はピンからキリまであるのだが、「阿蘇の逸品」ではそのなかのピンの部類が来ることになっているそうだ。

【クラテッロ・ディ・ジベッロのブロック】
1

 クラテッロ・ディ・ジベッロ、この生ハムは美味い。
 尋常でなく美味い。
 初めて食ったときは、私は今まで自分が食っていた生ハムはなんであったのかと思ったくらいのカルチャーショックを受けた。
 いい肉と塩だけを使って、時間をかけて熟成してつくりあげられたこの生ハムは、食べてみれば、肉と脂がそれ自体の旨さのみを凝集、成熟させ、生肉とはまったく異なる次元の食味と食感を表現する食品に育っていることがよく分かる。
 日本でも地産のいい豚を使って生ハムを作る工房が増えてきたが、それでも、クラテッロ・ディ・ジベッロを食せば、そういった国産の生ハムは、ひどい言い方になるが、豚肉をちょいと乾かせて調味料で適当に味付けしたハムもどきにしか思えなくなってしまう。それらは、豚肉を加工する過程において、あまりに余計なものをはさみすぎている。
 国産の生ハムと比べると、やはりイタリアは、肉を美味く加工することにおいて、日本よりも一日の長どころか、二日三日以上の長があることを認めざるを得ない。

 そのクラテッロ・ディ・ジベッロであるが、一番美味い食い方は、(これは生ハム一般に言えることだが)、原木から薄く切りだしたものをその日にすぐ食べることだ。生ハムは劣化が早く、一日置くだけで艶やかな食味と食感が相当に失われてしまう。
 ただし生ハムというものは薄く切るのは高度な技術を要し、特にクラテッロ・ディ・ジベッロのような大きな塊の生ハムを包丁ですらりと薄く削ぎ切るのは、素人にはほとんど不可能である。そのため生ハムを薄く切るには、業務用のスライサーが必要になるのだが、これってすごく大きな機械であり、一般家庭の台所に置くのはまず無理だ。
 というわけで私は仕方なく、生ハムを食べるときには、その都度ブロックから自分で柳刃包丁で切りだしていたのだが、あたり前のことながら、店で買う生ハムよりもずっと分厚いサイズになってしまい、妙に固い食感の生ハムとならざるを得ず、そのことに不満を感じていた。

 それで今回は作戦を変更。
 今まではブロックごと買っていたが、今回は最初からブロックを全部店で薄切のハムに切りだしてもらう。そのままにしておくとすぐ劣化するが、それを真空パック保存にしてもらえば長持ちするはず。
 というわけで、購入したブロックは大量の生ハム真空パックに化けることとなった。
 真空パックといえど、これもそのままでは10日間くらいで劣化が始まるとのことで、冷凍保存が必要であり、食べたくなった日に冷蔵庫で解凍するのが基本とのことであった。

【真空パック】
2

 さてその手法で、どの期間、どのレベルまで元の味が保たれるのか。
 この生ハムはワインの最良の友なのであり、量的には半年は持つので、ワインをちびちび傾けて、クラテッロ・ディ・ジベッロをつまみながら、半年間その経過を試してみたいと思う。

|

« 映画:カールじいさんの空飛ぶ家 | Main | 今年の初河豚を彌作(@延岡市)で味わう »

食生活」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 絶品の生ハム「クラテッロ・ディ・ジベッロ」:

« 映画:カールじいさんの空飛ぶ家 | Main | 今年の初河豚を彌作(@延岡市)で味わう »