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August 28, 2009

期日前投票に行く(2) 最高裁裁判官国民審査

 社会人になってわかったのは、私たちの社会に対して司法の強い影響力である。
 我々の住む社会は法治社会ということになっているが、社会を律するところの法律は、正否がはっきりしているものが案外と少なく、それを運用する側が恣意的に判断できるものが多い。
 そのため運用者側に、良識・知識・常識といったものが揃っていないと、法律は妙な解釈をされ、社会のための法律が、法律のための社会みたいな関係になってしまう。

 私らの業界では、トンデモ判決がここ10年ほど立て続けに出されたため、特定の部門の業務が壊滅的打撃を受けた。それは主に危険を伴う部門の業務であり、もともとは業界人の使命感とか義務感によって成り立っていたわけだが、司法が「それは違法だ」と判断したがゆえ、誰もやる者がいなくなり、消滅寸前になりつつある。

 消滅した場合、まあ従業員は危険な仕事が減って助かるわけだが、…周囲の者はたまったものではなかろう。これについては、ここ数年のひどい状況が顕在化して、深刻な社会問題となっている。しかし改善の見込みは全くなく、これはさらに悪い方に進んでいくのは確実である。
 どうなってもおれは知らんぞ、とか言いたくなってしまう。


 このような状況になった主因は先に述べたとおり、エポックメイキングのような司法判決が何件も出たためで、その判決文を読むと、まさにトンデモ裁判としか言いようのないのである。司法側にはそれなりに言い分はあるかもしれないが、結果としてそのような社会生活を破壊に導くような判決を堂々と出す裁判官については、その資質というものに大いなる疑問を持たざるをえない。

 選挙の結果トンデモ政治が行われても、それはそのような議員を選んだ国民のせいであり、「国民はしょせん国民レベルの政治家しか持てない」とか、シニカルに構えることもできようが、裁判官については、そのようなトンデモ裁判官を、我々が選んだわけではない。

 しかし選ぶことはできないが、罷免させることはできる。
 社会規範から外れたトンデモ裁判官が多数跋扈するようになれば、国は潰れるわけで、そうならないための防御機構として、最高裁裁判官の国民審査がある。議員を選ぶことは大切な権利であるが、こちらのほうも負けず劣らず大事な国民の権利だ。

 今の時代、最高裁の判決文は容易にnetで読めるので、国民側の判断材料が豊富なのは素晴らしいことだ。自分らの業界に関した裁判のみならず、世で問題になった最高裁判決をnetで検索し、いろいろと読んだが、…まあ自分の専門分野とはずれるところははっきりと判断はできないのだが、それにしても妙だと思える判決が多い。こういうものを、専門家が解説しているようなweb siteがあればありがたいのだけど。

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