映画: 剱岳 点の記
新田次郎氏の山岳小説は大量にあり、ほとんどは読んだけど、面白いと思った作品は少なく、登山のガイド本みたいにして読んだものがほとんどであった。
いったい新田次郎という人は、自身が山好きだったにもかかわらず、「山を登ること、それ自体を目標として山に登る人」に対して、違和感を持ち続けていたようで、実在の登山家をモデルにして書かれた有名な三部作としても、それは奇人変人列伝のように私には感じられた。じっさいに、モデルのなった人はずいぶんと新田氏に怒りを覚えていたという話も残っている。
しかし、はっきりした目的(たいていは職業として)があって山に登る人を題材した作品、(「強力伝」「芙蓉の人」「剱岳 点の記」など)は、主人公にたいする共感や理解が感じられ、小説としても、奥行きのある良作が多かったように思う。
特に、誰も登ったことのない前人未踏の険しい山剱岳に測量のための三角点を設置するために、測量機材をかついで難路に挑む、測量技師の物語「剱岳 点の記」は、あの当時の時代の雰囲気、そこで実直に仕事を遂げていく明治の人たちの強さ、そして自然の美しさ、厳しさを描いてすぐれたものであり、著者一番の傑作であろうと私は思っていた。
その「剱岳 点の記」が映画化されることになり、かつ富山ですごい撮影をやっていることが登山関連の雑誌で報告されていることから、私は上映を楽しみにしていた。
その映画、カメラマン出身の監督が撮っているだけあって、剱岳の荘厳な姿が圧巻の映画である。作中、測量隊は立山山系のあらゆる所を移動して、剱岳を観察するので、剱岳の各方面からの姿が撮影されるが、そのどれもが、峻険な峰を天空に突き刺した、巨大な岩の殿堂の姿が、圧倒的存在感を持って画面に映っている。
この映画の主人公は、「剱岳」であり、本来の筋である、測量隊の登頂の苦労とか、山岳会と測量隊の葛藤と交流とかのドラマは、ちっぽけな、どうでもいいことのように思えてしまう。それほどまでに、剱岳の存在感は大きなものであった。
こういう自然を題材にした映画では、どんなに上手く映像にしたところで、実物には絶対かなわないよ、などという意見が必ず出てくると思うが、実物の剱岳を(一回だけだけど)見た私は、映画の剱岳は実物に負けず劣らずの迫力満点であったと、断言する。だいたい、世間の多くの人は剱岳などそうそう幾度も登れる山でないので、登ったにしても、思い出の姿はだんだんと忘却の彼方へ退いていかざるを得ないわけであり、それが鮮明に映像として提出され、ずっと残るものとして記録されたのは、たいへんありがたいことに思える。
最初から最後まで剱岳~!という映画であり、それに十分に満足したが、それだけでは感想にならないので、他に思ったことなど。
・映画での登山姿が、明治の当時のものを再現しているということで興味深かった。防寒対策に、ミノと笠という時代劇的スタイルに、足元は足袋に草鞋。テントは、防水も防風にもさして効果のなさそうな、支柱で支える布製の天幕。これで雪の降り始めた剱岳を攻めるのだから、前途多難ということは、見ていてすぐ分かる。(遭難して死にかけるし)
登山技術にしても、別山尾根から剣山頂を目指し、垂直の岸壁を登っていく技師は、藁縄を命綱にして登攀するのだが、それが中間支点をとらずに登っていくという、落ちればグランドフォール以上は確実という、無謀にして非科学的手法。ただし、昔はこれが本当に岩登りのスタンダードだったらしい。おそろしや。
・剱岳登山ルートは、一種のミステリ仕立てになっており、修験者に伝えられた謎めいた言葉を解くことによって見つかる。…ということは当然、剱岳はすでに修験者によって登られていることは明らかであり、登頂を果たした測量隊が、そこで修験者が置き去った錫杖と剣を見つけるシーンは、ミステリの解答編のさらに解答編的快感がある。
これが実話ということがすごいが、さらにその修験者の登頂が1000年以上も前の奈良時代の話であることもすごい。さらにすごいのが、その後1000年間、錫杖と剣がそのまま山頂に置かれていたことだ。
・ところで私は1000年前の剱岳登山劇は、二人の人物が時間を置いて登場していたと思っている。修験者が山頂に置くものは祠か仏像かが普通で、錫杖と剣というのは変だ。そして錫杖と剣は、ストックとハーケンみたいなもので、大事な登山道具のはずであり、下りのことを考えると、山頂に残すことはあり得ない。ゆえに最初の勇敢な登頂者は、残念ながらそこで力尽きたのであろう。そして風雪のなかで身が朽ちたのち、金属製の錫杖(の頭)と剣だけが残った。この二つは岩陰にきちんと並べて置かれていたとのことから、第二の登山者がいて、彼は丁重にその記念品を、風に飛ばされない岩陰に収め、祀ったものと思われる。その後1000年間、ずっと錫杖と剣は、あの自然環境の厳しい剱岳山頂に留まっていたわけで、日本の山岳史上の奇跡のようにも思えます。
などなど。
繰り返し書くが、この映画では剱岳の魅力を、あますことなく伝えている。
映画の人の入りはよく、どうやらヒットしそうである。そしてこの映画を見た多くの人のうちの一部は必ず剱岳に登りたくなるだろうから、今年の夏、剱岳はえらいことになるのでは、などと思っています。
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