和食:「無量塔の夏」
某鮨屋の常連客W氏は旅館めぐりが趣味であり、日本全国の名のある旅館を訪ね歩いていて、その旅館それぞれの趣を、旅情とともに楽しんでいるのだけど、その旅館めぐりの経験値の豊富さから、一つの結論を出さざるをえなくなっている。
すなわち、「旅館の料理は美味しくない」、と。
…まあ、全ての旅館の料理が美味しくないというわけではないのだが、たしかに「美味しい料理を出す旅館」がレアであることは事実ではあろう。
W氏はその中での例外的ケースとして、京都の「美山荘」、調子のよいときの「妙見石原荘」をあげ、これらの宿にはよく通っているとのこと。そして、これくらいしか「食える」料理を出す旅館がないのはかなしいことですと言う。
私は調子の悪いときの石原荘なら知っているけど、W氏がそう誉めるなら、もう一度くらいは行ってみようかな、湯は極上の宿だしとか思いつつ、九州で美味い宿といえば無量塔をはずすわけにはいかんでしょうと言った。
そうすると、W氏はたしかに無量塔は7年前に行ってみて美味かった記憶がある。じつは、なんとなく再訪する機会もなく7年が過ぎたわけだが、今年の8月に再訪する予定を入れていると言う。そして今の無量塔はどのようなものであろうかと聞く。7年前に比べると、料理の方向がずいぶんと変わってきており、創作系に傾いてきています、でもそれは「美味い方向への」傾きだから、食通のWさんには必ず満足できる料理が出ると思います、と答えた。
そして6月に私が経験した、無量塔の料理。今までもよりさらにパワーアップした、見事な和料理。これは、8月にはW氏は必ず幸福な気持ちで食事ができるはずと確信いたしました。
その料理のいくつかを紹介。
生ハムに桃を合わせるという面白い組み合わせのオードブル。生ハムの酸味と塩味が、桃の澄んだ甘みとよく調和している。付け合わせの、赤カブ、レンコン、インゲン豆などが、鮮やかな色取りで、主役のハムと桃を引きたて、色彩的にも面白い。食味も見た目も、初夏の、生きいきとした自然を感じさせる逸品の料理。
以前の無量塔の八寸はsimple is bestという感じの、白身魚と大根のみ、というすっきりした造り皿だったけど、近頃は吉兆風の、ずいぶんと賑やかな八寸になってきた。
どれもこれもとても手のかかった、そして繊細に細工されたものばかり。甲烏賊の刺身と蓮芋の茎をあわせ紫陽花に見立てたもの。大根を薊のように切ったもの。雲丹を小芋にはさみ、海苔で包んで揚げたもの。見た目の美しさ同様の、高いレベルの旨さを食べて感じることができる。
無量塔の以前の定番「地鶏鍋」は、地部煮鍋として復活(?)
地部煮鍋とは、なんでも北陸の郷土料理らしいけど、小麦でとろみをつけて、甘辛い出汁で地鶏、野菜を煮あげたもの。出汁も、地鶏も、野菜も味が強く、なんとも混沌とした料理。野菜の味がしっかりしているから、こういう大胆な鍋もできるのでしょう。
具も美味しく、スープも美味であり、すべて飲み干してしまった。
焼き物は、出始めの鮎。日田の天然もの。
まだ解禁開けが近く、サイズも小さめで味が弱めのため、片側だけ焼いて、鮎独自の香りをしっかりと残したもの。上手な焼きかたです。骨煎餅もあり、カリカリの歯ごたえが心地よい。酒のいい肴ともなる。
〆はいつもの豊後牛の五葷諸味焼き。これに季節野菜をたくさん添えて。初夏は野菜が最も美味しい時期だろうけど、どれも濃厚な旨さと甘さを持った、いい野菜ばかり。無量塔は、由布院現地の農家と契約しており、朝採れたての野菜を料理に使っているそうだが、そういう努力がここまでの料理を支えているわけですな。
本日の料理の敷き紙に書かれていた「無量塔の夏」という題。たしかに、夏の美味さと、そして力強さを感じることができました。
無量塔は文句なしの名宿だけど、私としては特に料理が素晴らしいと思う。
旅館に人が求めるものは、部屋、料理、サービス、庭、風景、風呂など主にあげられるだろうが、私は、料理>部屋>サービス>風呂…というふうな順番で宿を選ぶ人間であり、料理・部屋・サービス・風呂の傑出した宿である無量塔は、今のところ九州で最も気に入った宿となっている。
冒頭登場のW氏も、料理を1番にあげるタイプの人であり、今の無量塔はたぶんツボに入るであろうと思う。
とりあえず仲居さんには、8月にかくかくしかじかこういう人が宮崎から来ますよと紹介しておきました。
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Comments
こんばんは!
お久し振りです。
話題の日付けと、アップされた日付けに乖離があるような気がしますが?
気のせいでしょうか・・・
「舌」の感覚というものは、人それぞれですね。
たしかに「美味しい料理を出す旅館」は少ないですが、「名料亭」といわれる店でも美味しい料理を出す所は少ないと思います。
私が本当に美味しい料理を出す旅館だと思っているのは、
「半水盧」・「柊家」・「あさば」・「うち山」・「蓬莱」・「指月」です(でした)。
しかし「半水盧」は三回目の訪問時、醤油の味が落ちているのが気になりました。
料理の本当に美味しいところは、醤油やあしらいも素晴らしいと思います。
コストを切り詰めだしたのかな? と感じました。
「うち山」は料理長が「石葉」に移られました。近々、「石葉」へ追っかけをします(笑)
「蓬莱」は星野リゾートに買収されて、明らかに味が落ちました。
「指月」は、なぜか廃業してしまいました。
大好きな旅館が減っていき、悲しい限りです。
「美山荘」、二度目の訪問で、明らかに味が変わっていました。
以前は、泥臭いというか郷土料理の味付けだったのが、京風の雅な味になっていました。
美山荘常連の友人にそのことを話すと「四代目が板場に口出ししなくなったからだよ」と冗談めかして答えていましたが(笑)
「無量塔」の料理、管理人さんが好みだとは驚きです。
「無量塔」の料理は、ここに書かれている和料理屋「喜泉」などと(イメージですが)対極にあるような料理だと思っていたので・・・
1月の「無量塔」訪問記に書かれているように、余程変わったのでしょうか?
某ブログやSNSで「かわせみ」料理談義がおこなわれていました。
好きな人、重くて好みでないという人、本当に「人の好みはそれぞれ」ですね。
だからこそ「ブログ」が面白いのでしょう。
Posted by: あびたろう | June 23, 2009 09:26 PM
おひさしぶりです。
日付の乖離の件ですが、当ブログは私の備忘録的役割を果たしており、(デジカメ写真付日記みたいなものです)、なるべく、旅行や山行遠出したときの記事などは、その当日の日付でUPしていますので、UP日とは違うことが多くなると思います。書くべきネタはたまっているのですが、なかなかUPする時間がとれず、たまる一方なのはたぶんwebページ作成者、あらゆる人の悩みなのでは。
無量塔の料理、あびたろうさんのページをみると2005年に訪れていますので、そのころとは芯は同じなのでしょうが、ずいぶんと異なる傾向の料理にはなってきています。
私の料理の好みは、「良い素材を用いて、妙な調味量で味を塗りつぶすようなことはせずに、的確な技術で調理し、素材を的確に組みわせて料理を作り、それにより素材そのものの良さをそれぞれ際立ちながら、さらに料理全体として調和がある」というものです。けっこう難しい条件のようですが、探せばそういう料理店もあるもので、それらは旬ごとに通う店となっています。
無量塔も、「良い素材、良い技術」の料理ですが、以前は、「こんな美味い田舎料理もあるんだぞ」という感じの、剛球勝負みたいな、田舎風味付け、田舎風料理でした。たぶん、宿が、これも剛球勝負みたいな、重厚な田舎的建築物ばかりだったので、それにあわせたのでは。今は、近代的で優雅な部屋が4棟ほどあり、その部屋の雰囲気にあわせたような創作系料理となっています。あの部屋には、以前の田舎料理はどう考えてもあわない。じつは、今の系統の料理のほうが、料理長が愉しく自由自在に作っている雰囲気があり、料理長の目指す料理の方向にあると思います。
もしかしたら、あびたろうさんの美山荘での話のように、以前はオーナーが口を出していたけど、今は口をださなくなった、ということかもしれませんが。
「蓬莱」・「指月」、食事が美味しいことで有名な旅館で、一度は訪れたかったのですが、時の流れは無情です。とくに「指月」は誰もが誉めるので、ぜひともとは思っていたのですけど。まあ、「半水盧」の石原料理長が京都に店を出したように、「指月」の料理長も店を出してくれるという可能性もあろうので、それに期待するしかないですか。
旅館の経営は今はどこも大変でして、由布院を代表する老舗有名旅館も大手への経営譲渡の噂があります。私の好きな旅館は、なんとかこの厳しい時代を生き残ってほしいと願っております。
Posted by: 管理人 | June 25, 2009 01:00 AM
>、「指月」の料理長も店を出してくれるという可能性もあろうので、それに期待するしかないですか。
旧指月の女将と親方のコンビで今年9月20日過ぎの予定で、表参道に「青山指月」という料理屋を出すという手紙を貰っています。
オープンが決定したらまた連絡があるということなので、その時はお知らせしますね。
Posted by: あびたろう | June 25, 2009 11:39 PM