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June 08, 2009

映画:おくりびと

 良作との世評は高く、観よう観ようと思いつつ、なんとなく見逃したまま半年以上が過ぎていたが、まだ延岡で上映しているので(なんというロングラン)、観てみることにした。延岡というところは映画の人気のないところで、市内に一軒ある映画館は、どの映画の上映でも、観客は私一人のみということがよくあるけど、「おくりびと」は、他に親子二人連れの観客がいて、計3名が入場していた。「おくりびと」は全体として、落ち着いた、暗いトーンの映画なのだが、コミカルな場面もほどよくはさまれていて、いいアクセントをつけている。そういうコミカルなシーンでは、私はゲラゲラと笑うわけだが、他の二名はまったく反応はなく、なんかどうにも調子が悪かった。三名程度の観客数って、映画鑑賞には、ちと微妙な数なんだな。

 「おくりびと」は、死者の遺体を遺族の前で、清め、化粧して、仏着を着せて棺に納める、納棺師という職業の人が体験した、人の生と死の物語を軸に、主人公の心の成長を描いた映画である。
 人の死は、人の数だけ種類がある。その死が傷ましいものであれば、それだけ残された人の心に傷を与え、天寿を全うした人には、見送る人に満足感を与える。

 それゆえ、納棺師の仕事が大変になってくるのは、傷ましい死を迎えた人に対してであり、若くして病気で亡くなった人、自死した人、事故死した人に対しては、家族も悲嘆にくれ、周囲の者に対して筋違いの文句を言ってくる。
 若死にした人の死が傷ましいのは、当人の肉体のみならず、当人の人生がいきなり失われてしまうからである。人生はまだ続いていてよいはずなのに、その人生が突然途切れ、残された者は、まだあってよかったはずの人生、そうであってほしかった人生、そうあるべきであった人生が、その人とともに、唐突に、永遠に、失われてしまい、途方もない喪失感を味わうことになる。
 そのとんでもない哀しみを背に受け、納棺師は、遺体を、せめてそうあってほしかった姿に整え、遺族に少しでも癒しを与え、棺に納める。この儀式は、静謐のなか、荘厳さを感じながら進められ、映画のなかの圧巻となっており、エンドロールでもさらに繰り返される。

 これに対して、天寿を全うした老人の納棺の儀は、納棺師もあまり出る幕はない。棺に横たえられたのち愛人たちにキスマークを次々につけられる老人や、おばあちゃんの夢だったんですと、孫たちにルーズソックスを履かされる老女。ここでの死には、達成感のある明るさがある。

 まこと、よく死ぬこととは、よく生きるということであり、よく生きることとは、よく死ねるということを、映像は、ひしひしと教えてくれる。

 主人公は、毎日死と向かいあう生活を送り、死の重み、つらさ、哀しみに押しつぶされてしまいそうになるが、それでも死を送り出す仕事に誇りを覚えていき、今まで失敗に終わった自分の人生を、仕事を通して見つめなおすことになっていく。
 終幕のシーンは、その象徴であり、死をきっちりとみつめることが、死者の人生を、確かな記憶として刻み、そして残された者の人生を実りあるものにし、明日へとつなげていく、大事なすべということを教えてくれ、そしてエンドロールに入る。

 さすが、アカデミー賞受賞作品。よくできた脚本と、いい俳優に恵まれた、良作であった。

 ……………………

雑感1)久石譲の音楽もたいへんいいです。とくに川原で、主人公がチェロを奏でるところ。変わりゆくけど毎年四季を迎える風景のなか、たしかに存在し続ける自然に対峙し、あまりにもろく移ろいゆく、人間の営みというものへの、慈しみと鎮魂の思いを表現する、深い響きあるチェロの旋律が、とても印象的であった。

雑感2)暗く深刻なテーマの映画ゆえ、ベテランの俳優たちは誰も重厚な演技をしているけど、その中で、広末涼子のみが浮いていた。あの妙に能天気に明るい演技、たぶん彼女は素のままで演技しているのだろうが、それが案外と逸品。広末の代表作になりそう。もともと、死が常に背後にある映画のなか、彼女は唯一、生をつかさどる役割ゆえ、浮いていて当然ではある。配役選んだ人は、good jobである。

雑感3)大半の人が病院で亡くなる今の日本においては、遺体の清拭・化粧は、看護師がエンゼルケアで行い、そのまま棺に納めるものが常と思っていたので、納棺師なる職業はフィクションだろうと思って観ていたが、あとでネタ本の「納棺夫日記」を読むと、東北ではそのような風習があり、実在する職業だったということで、少し驚いた。


おくりびと:公式サイト 

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