夜の由布院・蛍・Bar・「汲」の夜景
6月の由布院は、蛍が飛び交うことでも有名である。
町のまん中を流れる大分川は、観光地のなかの川のくせして水はきれいであり、容易に見かけるクレソンやセリはそのまま食材として使えるとのこと。宿でよく出てくるクレソンなどは、裏の川から取ってきたのをそのまま使ってるのでは、と思えるほどの量が生えている。
それくらい清潔度の高い川であるゆえ、清流にしか住まない蛍が、町の中の川で、夜になれば、あの清澄な光を点滅させてながら飛んでいる。
由布院を代表する宿、亀の井別荘それに玉の湯のすぐ傍を流れる川が、ちょうどその蛍がよく飛ぶところであり、とくに蛍が密集する場所には、「蛍観橋」なる橋がかけられており、観光名所となっている。
6月の由布院に来たとなれば、蛍は観らねばならない。そして蛍は怠慢な虫で、虫のくせに10時を過ぎれば寝てしまい光らなくなるので、(…そのてん、24時間活動しているっぽい蚊とかは勤勉な虫だなあとか思いません?)、食事をしたあとは、Barにも寄らずさっさと由布院の中心地に行かねばならない。
無量塔は由布岳山麓の中腹にあり、そこからそれなりの距離を下って、由布院の町なかに入ることになる。午後9時を過ぎれば、昼間は雑踏そのものであった湯の坪街道も、人っこ一人としていず、店の明かりも全て落ちていて、真っ暗けである。眠りの早い町なのだ。
そうして大分川に着くと、暗闇に慣れた目に、ぽつん・じわりと、青白く光る蛍が見える。川面に、あるいは川原に、それぞれ一つずつ。あるものは周期をあわせ、あるものは独自のリズムで、それぞれ、淡く幽かで澄みやかな光を、暗闇に滲ませている。
…蛍の光って、きれいですね。こんなに純粋な、「光」そのものの光って、生きものが放つものしか見たことはないけど、そのなかでも特に蛍は、何かを訴えるような、心に響きを与える光を放ち、それゆえ日本人は、ずっとそれに魅了されていたのでしょう。
蛍を題材とした和歌には名歌が多いけど、たとえば次にあげる二つの歌、
・物おもへば沢の蛍も我が身よりあくがれいづる魂かとぞみる (和泉式部)
・彼岸に何をもとむるよひ闇の最上川のうへのひとつ蛍は (斉藤茂吉)
新旧を代表する大歌人の蛍を歌ったそれぞれの和歌は、まさに絶唱というべきもので、蛍とわが身を一体化した魂の波動というものが伝わってきます。
蛍は、なぜかしら、私たちの心そのものを映すかのような、そんな不思議な存在であったようです。
蛍の輝きに感銘を受けながら、デジカメでなんとか写真を撮ろうとするが、ターゲットは点滅する微かな光ゆえ、夜景モードにしてもうまく写らない。パソコンで見れば写っているかとも思ったが、ただ暗闇に夜灯のみが映った写真がいくつもあるだけであった。
とりあえず、夜の「蛍観橋」だけでもUPしておこう。
美しくも、すこし哀しき蛍の光を満足いくまで見て、さて、酒でも飲むか。
無量塔のTan’s Barは10時半がLOなので、戻ってはtime out。すぐ近くの玉の湯のNicol’s Barは11時半がLOなので、こちらで飲もう。
重厚感あふれるTan’s Barとは違って、Nicol’s Barは明るく開放的な雰囲気があって、その宿の特徴をよく現しているように思える。ギムレット、マティーニ、ジントニックと飲み、楽しい時間をすごし、11時を過ぎたところで宿に戻る。
Barの人からはタクシー頼みましょうかと言われたが、ほどよく酔っ払って歩くのが好きなので、宿へは歩いて戻る。でも、行きは下りだが、帰りは登りなので、それなりに体力がいり、汗をかくとともに酔いがだんだん醒めてしまうのは、ちとかなしき。
もう12時に近い。
無量塔の玄関にはインターホンという無粋なものはないので、電話をかけて、玄関を開けてもらわねばならない。夜にさまよっている客がいることは申し送られているので、すぐ警備員の方が戸を開けてくれる。どうもご苦労かけてすみません。
それにしても、午後6時前、汗まみれで宿に現れ、風呂に入ったのちすぐに夕食を食い、それから由布院の町にでかけ、深夜に帰ってくるというのは、私にはよくあるパターンとはいえ、無量塔という宿の使い方を根本的に間違っている気がしないでもないが、…まあ、よかろう。宿もそういう客と認識してくれているようだし。
今回泊まった「汲」という部屋には面白い趣向があって、リビングの前の庭には、池がある。(一見、水風呂に見えるが、入ってはいかんそうだ)
その池には、水の底にライトが設置されてあり、夜になると、水の揺れとともに、光が揺れて壁に当たり、ゆらゆらと光が揺れ、幻想的な光景をみせている。ロビーの大きなソファに寝そべり、ウイスキーでも傾けながら、この光景を眺めていると、豊かで優雅な時間が過ごせそうだな。他人にも、そして自分にも、そういう時間を無量塔で過ごすべきだと勧めます。
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