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February 08, 2009

映画:余命

 現役外科医である主人公は、結婚10年目にして子供を授かったことを知るが、その喜びは束の間であった。しばらくして10年前に患い、手術を受けた乳癌が再発してしまう。それも炎症性乳癌型の再発という極めて悪性度の高い形式での再発であり、根治は望めず、いつかは必ず乳癌で亡くなることになる。彼女は自分には2つの選択枝があると考える。一つは、妊娠を継続し子供を生むこと。そうすると出産するまで癌に対しての治療は出来ず、また妊娠継続により癌の進行が速くなる可能性が高く、彼女の死期は早まる。もう一つは妊娠継続をあきらめ、ただちに癌の治療を行うこと。子供は望めないが、病状の進行を抑えることにより、子供を生むことを選択した場合よりも、長く生きることが出来る。
 彼女は子供を生むことを選択する。いずれにせよ乳癌で必ず死ぬ運命なら、せめて子供を残したいと願ったのである。
 現実的には、映画のあとのほうで、主人公の病状を知った友人の女性医師(かつ治療担当医)が、主人公を平手打ちして、「自分一人で決断するな。ほかにも方法があるだろう」と叱り飛ばすように、これは二者択一しないといけない問題ではなく、二つの方法のあいだにもう少しましな落としどころがあるはずだが、主人公は、やけに思い切りがよく、潔い人なのである。

 子供を生むということを決意した結果、彼女の残された時間は少なくなる。医師という職業のせいで、彼女は自分が助かるのはノーチャンスであることを知っている。残された日々は貴重だ。その日々に、なにをすればよいのか。
 ここで彼女にプロジェクトの立案が課せられる。

 彼女には夫がいた。その夫は医学部は卒業したものの、医師免許を取得せず、趣味のカメラ好きが高じて、カメラマンとなっている。しかしそれで食っていける腕はなく、妻の収入に支えられての、主人公の親戚のなじるごとく、ヒモのような存在となっている。いわゆるダメ亭主だ。
 彼女は夫がそうなってしまったことに、自分にも責任があると感じている。そして、このままのダメ亭主には、とても子供を遺していけない。だいいち子供を育てる収入さえないではないか。

 彼女は、夫を再生させるべく、一人立ちさせるべく、ハードプロジェクトを発動させる。それは妻が最初の子を妊娠しているときにはありえないようなプロジェクトであるが、主人公はやけに思いきりのいい人なのでそれを決断する。
 そして、当然それは夫にとっては、いささか厳しすぎるプロジェクトである。はたして彼は、蘇って、戻ってこれるのか。
 そのプロジェクトにより、夫は、妻の初めての妊娠・出産という、夫としては一番妻の傍についてやりたい時に、太平洋はるか南のはての孤島、鳥島へ3ヶ月間のアホウドリ観察という、あらゆる状況のうちの極限に近い仕事をさせられるのである。

 映画は主人公の視点から撮られているので、主人公の気持ちになって観てしまうけど、これよく考えると夫からすれば不条理劇である。
 活発に働く女性のもとで、彼女を支えながら、ぬくぬくと専業主夫(いや、カメラマンとして多少の収入はあったみたいなので、いちおう兼業主夫か)を一生やるつもりが、妊娠した女房から、(今まで精神的に、家事的にサポートしてきたはずの女房から)、いきなり穀つぶし呼ばわりされ、離島へと飛ばされる。こういうことされたら、普通は女房から縁切りを迫られたと思うよなあ。じっさいに映画では夫は、離島で縁を切る決意をしたわけだし。

 映画は進み、主人公は出産後、癌の進行で全身状態は悪化し、とにかく精神的にどうにもならなくなってしまう。一番支えてほしい人は自分が荒治療で離島に追いやってしまい、3ヶ月たても戻ってこない。周囲の者も精神的に参ってしまい、もうこうなると夫に頼るしかないと、夫をヘリコプターを使って八丈島まで運び、それから強引に連れてきた。
 病床に横たわる妻は帰って来た夫を見るや、殴りかかって激怒する。「なんで、今まで帰らなかったんじゃ~!」 夫からすれば、「なに言っとるんじゃ」と返したくなるだろうけど、そこは我慢して謝罪する。できた人なのです。

 私が思うに、主人公の行動、言動は空回りしている。一人で考え、一人で決断し、一人で全てを負い込む。いままでそういうライフスタイルを貫いてきたからそうしたいのだろうけど、結婚したからには、妊娠したからには、一人ではないのだ。妊娠継続に反対するに決まっているからと夫には癌の再発を秘密にするが、それを秘密にしたことがどれだけ夫を傷つけるかに対して考えた気配がない。それこそ夫が逆のことをしたら、自分はどう思うのかくらい想像できないものだろうか? 互いに支えあってからこそ夫婦だろう。そうじゃないと、夫婦の意味がない。

 とりあえず、夫再生、夫婦再生の物語はこのへんで一段落して、残りは、夫の妻を支える日々の話となる。

 映画のクライマックスは、故郷の海を眺めながら、車椅子に乗る、死に近き主人公が、息子を頼むとせつせつに夫に語るところ。彼女がほんとに欲しい思い出は未来にしかなく、自分が決して得られないその思い出を、夫に語りだす。それに、ただうなずく夫。
 カメラワークは妻の視点となっている。故郷の夕日の海、死を前にした人が見る風景は、なんと美しく、なんと切実感を持って、胸に迫ってくるのであろう。
 ここのシーンは泣けます。この5分間の、松雪泰子畢生の演技だけでも、「余生」という映画見る価値あり。というか、今年の邦画は、たぶんこの映画がトップの座を得ると思う。

 そうして、エピローグ。
 主人公が亡くなったのち、夫は再婚せずに男手一つで子供が立派に育ったことが語られる。子供は海の夕日を見て、夕日への感動を述べる。命はつながっている、確実に。


 <見終わっての雑多な感想>

 ・日本の映画、役者のレベルが上がってきたなあ。主役も脇役もほんとにいい演技をしている。一時期の低迷期を邦画は抜け出していると思う。
 ・松雪泰子は前の映画のデトロイト・メタル・シティの女社長役があまりにはまり過ぎていたため、あのエキセントリックな印象がまだ残っていたけど、この映画みると、気鋭の外科女性医師、それに末期癌の患者にちゃんと見える。さすが、女優。
 ・主人公の故郷の設定の「加計呂島」、普通の島であって、あまり観光名勝っぽくなく、それゆえかえってその自然な美しさが、主人公の最期の時を過ごす地としてふさわしかったと思う。

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映画「余命」公式HP

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