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January 26, 2009

書評:ローマ亡き後の地中海世界(上) 塩野七生 著

 この本の巻末に、イタリア全土の海沿いの地に設置された「サラセンの塔」と名づけられた塔の写真が収められている。

【サラセンの塔:Vernazza】
Vernazza

 美しい紺碧の海、地中海に岬が伸び、その岬の突端に堅牢な石造りの塔が建てられている。この塔は、眼前に広がる絶景を楽しむための展望台でも、航海の安全を守る灯台でもない。地中海の対岸アフリカから船を漕いで襲来して来る海賊達を一刻も早く見つけ、逃げ出す時間を稼ぐための監視塔であった。
 ローマ帝国滅亡後の地中海は、交易や漁獲の場ではなく、海賊どもが暗躍する場と化していたのである。海賊どもは富・財産を奪うだけでなく、人間も拉致し、奴隷として売り飛ばしてしまう、恐怖の存在であった。
 中世時代、沿岸の人にとって、地中海はローマ帝国時代とまったく異なる意味を持つものとなっていた。この写真で見るあまりにも美しい紺碧の海が、中世では、自分たちに不幸をもたらす魑魅魍魎どもの跋扈する地と成り果ててしまったのである。

 ローマ帝国時代、沿岸の地が繁栄を誇った地中海世界のこの零落は、なぜ起きたのか?

 著者は様々な要因を挙げている。
 海賊しか産業のない北アフリカの貧しさ、他の宗教の信徒は敵であり人間でさえないという一神教の独善性、政治の機能不全。
 そして著者がアウグストゥス統治時代のローマ帝国の話を巻頭に持ってきていることから分かるように、最も重大な要因は、政治の機能不全であった。
 ヨーロッパの様々な国は、国という組織に最も求められる「自国民の安全確保」という仕事を行っていない。本来なら地中海を安全にする義務を負うべき、神聖ローマ帝国もビザンチン帝国も、権謀術数、税の収奪、国家間の争いには力を入れるが、肝心の自国民保護には、なんら有効な手立てをうっていない。このような、政治が機能しない国では、国民は安心して生活することなど不可能であった。

 政治が機能しなくなった中世の地中海世界で、しかし、海賊に対して、国に頼らず市民たちで人質を取り戻す運動を行ったグループがあった。国境を越えて連帯してグループを作り、武力によらず海賊の地の長と交渉し、奴隷を買い戻して故郷に返す、「救出修道会」「救出騎士団」である。
 一章を設けて述べられる、彼らの超人的、献身的活躍は、人間の強さ,崇高さをよく示していて、感動的である。もっとも彼らの運動は、「奴隷は金になる」という意識を海賊に与え、海賊行為をさらに活発化させてしまったという負の面もあった。

 上巻最後で書かれているように、地中海から海賊を駆逐できたのは、ヨーロッパの国の政治が機能するようになった19世紀半ばのことである。それまで、地中海は無法の地であったのだ。
 この本を読んで、「国」が「国」として機能することの大事さがよく理解できた。
 (もっとも、塩野氏は「ローマ人の物語」でそのことをずっと述べていたわけだが。)

 本書を読み終え、巻末の「サラセンの塔」の写真を見る。
 魔の押し寄せる海を前にする危険な土地。そんなところにしがみついて生きていくしか生きるすべのなかった人たちが住む街がある。街は岬へ続き、岬の果には、祈りを捧げるかのごとき石の塔が立っている。恐怖を包埋する広大な海に対して、それは、あまりに小さく、弱々しい存在。しかし、国家が守ってくれない人々にとっては、このようなものしか頼れるものはなかったのだ。
 サラセンの塔を見るとき、中世という時代の、暗さ、哀しさが、ひしひしと伝わってくる。

ローマ亡き後の地中海世界(上) 塩野七生著


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