November 11, 2017

割烹旅館 海喜荘@国東

【海喜荘】
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 耶馬溪競秀峰登山ののち、翌日は国東半島の低山に登ろうと思い、土曜日の宿は国東の「海喜荘」に。
 ここは大正創業の歴史ある老舗割烹旅館で、当時の建物がそのまま残されており、風情がある。

【豊後灘】
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 宿は、海から少し離れて高台にあり、それゆえ豊後灘を見下ろすことができる。
 夜中には、海行く漁船の明かりが見え、朝には日の出を見ることができた。
 
 宿からの眺めを楽しみ、それから夕食へ。

【造り】
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 国東は、海の幸に恵まれた地なので、地の新鮮なもの三昧。
 河豚は天然もので、獲れたてのものを寝かさす捌くもので、弾力豊かで、そして身の甘さがたまらない。

【焼き蟹】
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 国東は渡り蟹がじつは名物であり、身のぎっしりつまったものを、焼き蟹で出す。香り高く、そして旨味も十分な見事な渡り蟹。

【椀物】
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 椀物は、鱧と松茸の、和料理本道のもの。
 この宿は、新鮮なものばかり、というわけでなく、しっかりと手の入れたものも得意である。

【煮物】
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 地魚の煮物は、出汁も煮具合もよろしい。

【豊後牛焼き】
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 国東は、魚ばかりでなく、豊後牛もまた名物。
 シンプルに焼いた、豊後牛。

【鉄鍋】
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 河豚は、鍋でも供される。
 ともに入れる具材もまたいいものを使っている。

【雑炊】
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 〆は河豚雑炊で。
 豊かな香りと味を楽しみましょう。

 この宿は、国東という食材豊かな地の利を生かして、地のものにこだわった料理を出す、「地方の料理宿」のお手本のような宿であった。
 どの食材も良かったけど、たとえば河豚とか、渡り蟹では、それにこだわったフルコース料理も頼めるそうである。
 私は渡り蟹目当てに、よく佐賀の竹崎に行っていたが、この宿の渡り蟹のレベルの高さを知り、次はこちらに渡り蟹目当てに来ようかなと思ってしまった。

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紅葉の競秀峰@耶馬渓

 11月の中旬、もう九州の高い山の紅葉は終わっているので、低い山を訪れて紅葉を楽しんでみよう。
 低山の紅葉の名所はいろいろとあるけど、なかでも有名な耶馬渓の競秀峰を訪れることにした。

【登山口】
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 競秀峰の登山口は、青の洞門への道路傍、観光案内所の横にある。

【登山道】
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 しばらくは杉林のなかのよく整備された道を行く。

【展望所】
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 標高150m程度の低い山なので、すぐに稜線上に出て、いくつもある展望所から、奇岩そびえる競秀峰とそしてそれに沿って流れる山国川を見ることができる。

【登山道】
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 競秀峰は鋭い岩山であり、そこの岩を無理やり削って、道が通されている。

【展望所】
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 展望所から。
 本日目的の紅葉はまだ時期は早かった。

【登山道】
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 競秀峰一番の展望スポットである陣の岩への鎖場。

【登山道】
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 ここも、競秀峰名物の、岩をくり抜いて造った道。

【陣の岩から】
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 いくつかの難所を越えて、陣の岩へ。
 ここは幅の狭い、衝立状の岩場であって、けっこう高度感がある。

【馬の背】
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 競秀峰は低いけれども、地形が険しく、ナイフリッジを渡るところもある。

【登山道】
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 下山は、公共駐車場前の登山口へ。
 今回のコースではここにある銀杏が一番紅葉していた。

【競秀峰】
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 下山してからいったん山国川の橋を渡って、対岸の歩道を歩いて、元の登山道に帰る。
 川向かいからは、本日登った競秀峰の全容が良く見える。まるで南画に描かれた仙境のような山であり、紅葉にはまだ早かったものの、この美しい特異な山を晴天のもとで歩けたことに満足。


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November 05, 2017

フランス料理:ルイ ブラン@大阪市靭公園前

 福岡の食仲間たちが、「大阪に凄腕シェフの店がある。ここでしかない素晴らしい料理が味わえるので、ここには絶対行くべき」と話題にしていた。そして訪れた者は皆その料理に感嘆はしていたけど、それとともに「これほどの名店なのに、閑古鳥が鳴いているのは何故?」と、みな同じ感想を述べているので、この店には興味を抱いていたけど、今回紅葉見物に関西に出かけたので、「ルイ ブラン」を訪れる機会を得られた。

【ルイ ブラン】
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 ルイ ブランは大阪市本町の靭公園のすぐ前に位置する。
 薔薇に覆われた美しい公園の前の瀟洒な店であり、いかにもフレンチレストランにふさわしいロケーションと雰囲気。

【アミューズ】
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 アミューズは、甲イカと旬の野菜に、ナッツオイルとショウガのソースで和えたもの。
 最初の皿からして、印象的。
 まず野菜の新鮮な質感と濃厚な旨さが鮮やかで、それが甲イカの固めの食感とあわさり、かつシンプルなソースによって、全体の質の良さを際立たせている。

【前菜1】
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 見た目、なんだかよく分からない料理であるが、薄切りの蝦夷鹿に、胡桃や栗をあえて、それに数種の人参と薩摩芋の薄切りを乗せて、ミルフィーユ仕立てにしたもの。
 これはどれも素材がしっかりした味があるので、その各々の味がくっきりと引き立って、独自の味の料理となっている。

【前菜2】
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 バースニップのボタージュ。
 これはけっこう衝撃的なスープ。素材の味を徹底的に鮮やかに描出するスープであり、京都の一流店の椀物を思わせる、澄み切った味を楽しめる逸品。

【魚料理】
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 カマスの焼き物なのであるが、一見単純な料理のように見えて、じつはとても手間のかかった料理。
 カマスをいったん皮をおろして、身は香草とともに刻んで焼き、それをまた皮で包んで焼き、ラヴィゴットソースをかけたもの。
 とにかく、口に入れれば、今まで経験したことない料理の世界がある。

【肉料理】
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 肉料理はまぐれ鴨胸肉のロティ。これに淡路島の玉葱を焼いたものを添えて。
 この料理は素材もいいけど、ソースがまた絶品。

【デザート】
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 デザートもまた本格的なもので、モンブランである。


 どの料理も良い素材を仕入れて、それから最大の魅力を引き出そうとする、創意工夫を感じさせるものであった。それらの創意工夫は、きわめて鋭く、徹底的なので、料理に妙な迫力を感じさせる、なんというか真剣勝負的なものであったと思う。

 シェフはフランスの有名レストランでずっと働いたのち、地元の関西に戻って、そしてここに店を開いたそうであるが、関西自体が和食の本場なので、そこからもインスピレーションを受け、さらに自らの料理を進化させており、今やフレンチの枠を超えた独自の料理になっている。

 明らかに唯一無二の料理であり、これは関西に来たとき、外せない名店だと実感した。
 今回は旅行の日程上、ランチだったけど、次回訪れるときはぜひディナーを体験しよう。

 そういえば、福岡の人たちのレポート通り、私が訪れた日も閑古鳥が鳴いていたけど、これほどの実力店、これから客が増えてくるに決まっているので、そのうち予約困難店になるのではと思っている。

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November 04, 2017

和食:つる由@奈良市

 和食といえば京都であるが、そのお隣で、古都では先輩格の奈良にも和食のいい店が増えてきているそうである。
 今回は、そのなかの「つる由」を訪れた。
 この店はその名前から想像がつくように、金沢の和食の有名店「つる幸」で修業を積んだ主人が、奈良で開いた店である。

【先付き】
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 鯛のへぎ造り。包丁の入れかたが見事である。

【八寸】
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 カマスの一夜干し、子持ち昆布、レンコンぬた和え。
 素朴なようで、けっこう手の込んだ料理。

【椀物】
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 椀物はアラ。
 椀物といっても、小鍋みたいな形式で、アラはポン酢でいただく。
 出汁は京風とは異なる、くっきりしたものであった。

【向附】
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 造りはマグロにタイ。
 奈良でべつにマグロは出さなくとも、とは思うが、いい質のマグロである。

【寿司】
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 イクラの小丼。

【焼き物】
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 焼き物はアマダイにハマグリ。
 しっかりと焼き上げている。

【煮物】
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 蕪の煮物は京風ではあるが、やはり出汁はより強め。

【御飯】
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 〆はいろいろと選べるが、そのなかでスッポン雑炊を。
 これは逸品。
 スッポンの香りが濃厚であり、そして味も濃厚。しかし味は澄んでおり、スッポンのいいところばかりを味わえる。

【デザート】
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 デザートは、奈良名物の吉野葛を使った葛餅。とうぜん、美味。

 全体的に、素材の最大限に良さを生かし、余分なものを付け加えずに、しかしきちんとその魅力を生かす、本格的正統的な和料理であった。
 こういうものは、京都が本番であったけど、しかし京都の和食店がだんだんと創作系を目指している傾向があるので、かえって新鮮にも感じられる。

 奈良はこれから観光地としてどんどん発展してくだろうけど、料理店も、和から洋までよい店が育っていることを実感できた。

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秋の吉野山@奈良

 秋に訪れた奈良。「平地の紅葉はまだ始まっていないので、標高の高いところに行ってみよう」の二日目は吉野山。日本を代表する桜の名所吉野山はじつは紅葉の名所でもあるのだ。桜の名所は、標高の低いところから「下千本」「中千本」「上千本」「奥千本」と続き、そこはまた紅葉の名所でもある。それらを下から順に訪れれば、どこかで紅葉は見られるであろう。

【吉野駅前】
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 吉野山の玄関吉野駅は、下千本あたりの標高である。この奥にバス停があり、そこから上のほうまでは行けるが、たいした距離でもないので、歩いて登ってみよう。

【ケーブル乗り場】
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 駅からしばらく歩いたところにあるケーブル乗り場。現在は修理中とのことで動いていない。
 紅葉は1~3分といったところ。

【下千本】
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 下千本は紅葉はまだ紅葉の時期ではなく、桜の枯葉でくすんだ色となっていた。

【金峯寺蔵王堂】
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 吉野山は辺鄙なところではあるが、いくつもの壮大な寺社、仏閣が建立されている。
 そのなかでも堂々たる威容を誇るのが、金峯寺蔵王堂であり、よくこんなところにこんな立派なものがあるものだと感心してしまう。
 そして、それは吉野山が、政治・宗教史的に重要な場所であり、そしてこの金峯寺は修験道の総本山であるからなのだ。

【中千本】
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 吉野駅から奥千本に行く道は、中千本の手前で二手に分かれる。右手は杉林のなかを行く道、左手は中千本を通る道である。
 中千本は帰りに行くことにして、右手の道を行くことにした。

【杉林】
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 吉野山はもちろん名杉の産地であり、このように良く手入れされた美しい杉が、立ち並んでいる。

【高城山展望台】
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 やがて、紅葉の名所の高城山展望台へと。
 ここは5~7分の紅葉の具合であり、奈良に来て、ようやく見事に美しい紅葉の姿を見ることができた。

【金峰神社】
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 高城山で紅葉を満喫したのち、奥千本へと向かう。
 奥千本へはこの金峰神社への急勾配の坂を上る必要がある。

【西行庵へ】
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 奥千本は、吉野山の最奥地。
 そして吉野山は、西行法師がこよなく愛した山であり、そこに庵を結んでいた実話がある。
 その西行法師の庵のあった地が、奥千本の地でもあり、この案内標識に沿って奥千本に行こう。

【奥千本&西行庵】
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 奥千本は、一番標高の高いところなので、紅葉の旬であろうと思っていたが、まだ5分程度であり、西行庵周囲はまだ始まったばかりであった。
 しかし、この静かで、自然に満ちた地は、たしかに詩人西行法師の愛した地にふさわしく、とても趣あるところであった。

 奥千本のあとは、上千本経由で下山するつもりであったが、このころから雨が降り出し、雨のなかずっと歩く気もせず、金峰寺前のバス亭からバスに乗って下山した。
 というわけで、見逃した場所がいろいろあり、次回は早いうち、つまりは桜の時期にまた訪れたく思った。


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November 03, 2017

イタリア料理:イ・ルンガ@奈良市

 以前、イタリア本場で修業した日本人イタリア料理シェフ15人のその後を追ったルポ「シェフをつづけるということ」という本を読み、料理人という職業の過酷さをつくづくと知ったけど、そのなかでもとりわけ奈良で店を開いた堀江シェフの「イ・ルンガ」が気になっていたので、今回訪れてみた。

【アミューズ】
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 天然鮮魚のカルパッチョ、シャンピニオンのソース

【前菜】
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 熟成ジャガイモのクレマ 牛頬肉のグリル

【パスタ】
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 コッツェ ヴォンゴレ 白身魚の唐墨まぶし

【リゾット】
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 牛ラグーとポルチーニ茸のリゾット 白トリュフ添え
 栗のラルド巻きとパルジャミンソース

【メイン】
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 蝦夷鹿のタリアータ フォアグラのマリネと赤ワインソース

【デザート】
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 店は奈良公園の近くにあり、建物はイタリア料理店とは一見思えぬ、重厚なつくりの古民家。照明、調度品も重厚、壮麗なものが取り入れられており、グランメゾンの雰囲気が濃厚である。そしてスタッフのサービスもしっかりしており、ということはやはりグランメゾンである。

 料理は本格的な北イタリアの料理をベースにさらに多彩な仕事を加えた華やかなものである。ときおりやり過ぎといった感じの、攻撃的な料理もあったけど、これはシェフの情熱が前に出て来た、「熱い料理」と感じられ、たいへん好感が持てた。

 奈良は、かつては「奈良にうまいものなし」と言われた、あまり食文化が盛んでなかった地だったようであるが、現在は若手の意識高い料理人が幾人も進出して、食文化がおおいに高まりつつある地となっている。

 現在、関西は日本有数の国際観光地になろうとしており、しかし京都はもう飽和状態となっているなか、京都よりも観光コンテンツが豊富な奈良は、これからより多く注目されていくだろうし、そこにこのように素晴らしいレストランが存在することは、さらにその魅力を高めていくであろう。

【夜の興福寺】
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 イ・ルンガからは興福寺を横切って、ホテルへと。
 満月の一日前の大きな月のもと、ライトアップされた五重の塔は妖しく美しく、奈良の夜の散策を楽しませてくれる。
 イ・ルンガはこういうすばらしいロケーションにあるのだ。

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秋の室生寺:東海自然歩道を歩く

 11月最初の週。連休を利用して古都奈良を訪れた。
 秋なので紅葉を目当てであったが、関西はまだ紅葉は早く、標高の高いところでちらほら紅葉が始まっているとの情報。
 それで、適度な標高のある、室生寺界隈を訪れることにした。

【室生口大野駅】
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 室生寺には近鉄の室生口大野駅から下車して、それから向かうことになる。
 この駅、いわゆる「山間の鄙びた駅」で、風情があってよい。

【宇陀川】
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 駅を出てしばらくして、道路の傍を宇陀川が流れる。

【室生寺橋】
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 駅前から県道28号線をしばし歩き、大野寺を過ぎると、ここで標識が現れる。
 左の橋を行けば室生寺まで6kmとの小さな標識があり、まずはこの「室生橋」を渡っていく。

【東海自然歩道入り口】
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 先の橋を渡った道は、やがて県道28号線にまた合流し、面白くもない舗装路をしばらく歩いたのち、東海自然歩道の入り口が見えてくる。

【東海自然歩道】
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 県道を歩けば、川沿いの平坦な道であるが、東海自然歩道は林間の道を行き、門森峠に向かって300mほどの高さを登る必要がある。
 立派に手入れされたスギやヒノキのなかの道であり、時折太陽が直線の光を葉の間から射して、室生寺までの参道らしい、神秘的な光景を見せてくれる。
 ただし、この参道はあまり使われていないらしく、全行程のうち2kmほどは荒れるがままになっていて、普通の靴で訪れた私としては歩きにくかった。

【門森峠】
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 門森峠の手前1kmくらいから道は敷石で整備され、歩きやすい道となる。
 そして目立つ、特徴ある岩のあるところが峠であり、ここからはずっと下りとなる。

【公園】
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 急な坂が続く下り道で、ゆるやかになるころ、人の声が響いてきたが、そこはまだ室生寺ではない。
 そこは山間にある「室生山上公園芸術の森」であって、個性的なオブジェが芝生の上に並ぶ公園があり、休日を利用して訪れる人たちでにぎわっていた。

【室生集落】
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 公園を過ぎると、ようやく人の住む地、室生集落が見えてきた。
 そのなかに、ひときわ印象的な、黄色に染まった銀杏の大木が見え、そこが本日の目的地室生寺である。

【室生寺太鼓橋】
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 自然歩道のいったんの終点地は、この太鼓橋。赤い楓の木がお迎え。

【仁王門】
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 室生寺は、全体的には紅葉はまだまだであったが、仁王門の周囲はまずまずの紅葉が見られた。

【参道、灌頂堂】
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 室生寺は、山の傾斜に建てられた寺なので、奥の院までずっと登って参拝することになる。

【五重塔】
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 室生寺のシンボル、五重塔。
 五重塔は、「高さが勝負」という建築物であり、他の有名な五重塔はその高さで圧倒的な存在感を示すものばかりだけど、この寺の五重塔はきわめてコンパクトなつくりであり、それがゆえに独特の個性があって、じつに味がある。

【奥の院】
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 五重の塔の奥には、急峻な階段を登ってたどりつく奥の院があり、そこが今回の室生寺東海自然歩道のゴール。

【室生龍穴神社】
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 室生寺からの帰りは、あの山をまた越える気もしないので、駅へのバスを使うことにする。バスは1時間に1本しかなく、待ち時間が30分ほどあったので、近くの神社室生龍穴神社にお参り。
 ここも神秘的な雰囲気のただよういい神社であった。
 ここでお参りして、あと室生寺の門前のお土産店で買い物したのち、やってきたバスに乗って帰った。

 紅葉の時期にはまだ2週間ほど早かったけど、趣ある建築物がいくつも建つ室生寺、やはり一度は訪れるべき場所である。

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November 02, 2017

串カツ凡@北新地

【串カツ凡:ソースが凡の字】
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 大阪名物はいろいろあるけど、串カツも代表的なその一つである。
 今回は串カツの人気店「串カツ凡」を訪れてみた。
 この店の串カツは、大阪で一般的である揚げたての串カツを同じソースで味わう、いわゆる「ソース二度づけ禁止」スタイルではなく、素材によってそれぞれのソースあるいは薬味でいただくスタイル。
 そして素材は、野菜、肉、魚介類、よいものを使っていて、それに独自の手を加えたあと、特製の肌理細かいパン粉でじっくりと揚げたものを熱々の状態で一品ずつ出てくる。

【串カツ】
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 このように3種のソース、塩が置かれ、どれをつけるかは、串の尻尾の方向のものがお勧め。だから、この串は塩でいただく。

【海老】
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 揚げ物系は、海老がやはり大事。そして串カツでは、ミディアムレアで揚げられる天麩羅と違って、芯までしっかりと熱が通った、ホコホコの食感が味わえ、天麩羅とはまた異なる揚げ物の魅力が分かる。

【高級系】
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 この店は高級系の食材をふんだんに使うところも特徴。
 トリュフ、キャビア、雲丹、フォアグラといった高級食材が、串カツに添えて出されて、・・・それらは繊細な串カツの味を邪魔しているような気もしないではないが、それぞれ別個のものと考えれば、どれも美味。

 この店の串の素材は、季節によっていろいろと変わるけど、年間を通してだいたい40種類くらいが用意されているとのこと。
 コースというものはなく、あるもの順で出て来るので、腹がいっぱいになったくらいでストップをかける。ほとんどの客は20~30本くらいであり、40種全部食べる人はなかなかいないとのことである。

 これらの串に関しては、素材の良さと、それに対する調理が丁寧で、どの串も水準の高いものであった。それには理由があり、この店の料理人は和食店、洋食店等の他の分野で修業してきた人ばかりで、それらの技を使って、串カツを調理するため、串カツという料理の幅が広がっているのである。

【デザート】
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 この多彩な種類の美味しい串カツを私も頑張って食ったが、26本が限界であった。デザートはいろいろと選べるが、アイスクリームの串カツを選択。
 これって、溶けたり、弾けたりさせずに、どうやって揚げるのだろうといつも不思議に思うが、串カツ店の〆は、やはりこれが一番。

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October 28, 2017

霧島登山@台風接近中

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 10月、九州の山はせっかくの紅葉シーズンなのであるが、週末に天候が悪化するということが続き、そして最後の週は先週に引き続き台風が接近中ということである。
 先週は台風21号を甘く見ていて、登山口から撤退ということになった。
 それで今回はその反省を生かして、きちんと台風22号の勢力と進路を調べてみる。前回の超弩級の大きさであった台風21号とは違い、今回のはコンパクトであり、強風圏もそんなに大きくない。そして九州に最接近するのは土曜の夜であり、翌日の午後には遠くへ過ぎ去っている。ならば、土曜日の昼のうちにさっさと登ってしまえば、台風の影響はさほど受けないことになる。

 ということで、土曜日に紅葉目当てで登山に行くことにした。

 先週は九重に行ったので、今回は霧島に行こう。
 まずは金曜日に鹿児島市に泊まり、「鮨匠のむら」で美味しい料理を食って、モチベーションを高める。それから翌日霧島に行こう。
 霧島は新燃岳の噴火のせいで、韓国岳周囲が立ち入り禁止となっている。しかし、紅葉の名所である、えびのの池巡りコースは規制域に入っていないので、池巡りとそれから白鳥山にでも登り、軽く汗をかいて、その後霧島温泉郷の温泉宿で一泊するという、お気楽プランを立てた。このコースなら、もし風が強くとも、おもに林のなかの道なので、問題はないだろう。

 けれども、えびの高原に着いたら、池方面への道路が通行禁止になっていた。ならば遊歩道を使えばいいと思い、念のため駐車場の係りの人に聞いてみたら、なんと遊歩道も立ち入り禁止とのこと。それでは、池まで行くすべがない。
 それで計画を変更する。
 霧島で、立ち入り規制がされていないのは高千穂峰だけである。そこに向かうしかない。また、神社周囲の林はたぶん紅葉を楽しめるであろうと予測した。

【高千穂河原】
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 えびの高原からの直通道路は新燃岳のせいで通行止めとなっていたので、大回りして高千穂河原へ。
 雨は小雨程度の降り方だが、けっこう風が強い。

【登山道】
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 期待していた紅葉であるが、赤く染まる前に、前回の台風と今回の強風で、葉は散ってしまっていた。

【登山道】
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 やがて登山道は、林間を抜け、溶岩でつくられた岩稜帯に出る。さすがにここからは風が強くなる。

【登山道】
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 一面ガスが立ち込めているので、視界のわるいなか、このペンキマークを確認しながら登ることになる。

【登山道】
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 高度が1300mを超えると、さすがに風は強度を増し、ときおり吹く突風に幾度もよろめき、そのときはまったく行動できなくなった。吹きっさらしなのに加え、前に風の滑り台のような高千穂峰があるため、予想していた以上の風の強さである。
 姿勢を低く保ち、常に岩に手をかけながら、用心して登って行く。

【御鉢へ】
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 御鉢への傾斜を上り詰めると、ようやく御鉢の高さにたどりつく。高度は1500mくらい。御鉢に上がると、傾斜はほとんどなくなり、水平の道をしばし歩くことになるが、そういう地形のせいで、風はさらに強さを増した。
 台風ははるか彼方で、鹿児島は強風域に入っていないはずなのだが、標高の高いところはもはや強風域の支配下にある雰囲気であった。

【御鉢】
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 御鉢に出たのちは、しばし御鉢の縁を進むことになる。
 しかし、御鉢の登山道は、両側が崖であり、そして東側は鋭い噴火口である。もし暴風域なみの強風が突然吹いて、それに煽られて滑落したら、まず命はない。
 さすがにこれ以上進むのは危険すぎたので、ここで撤退することにした。
 中高年登山は安全第一なのである。だいたいこんな日に高千穂峰の山頂まで登らねばならない理由はなにもないのだし。

 下山は体重が下方向にかかるせいか、意外と風にあおられずに、無事に下山。
 当たり前のことながら、誰一人とも会うことない登山であった。そういう場合、「静かな登山を楽しめた」というのが常套句となるのであるが、今回ばかりは、風が常に轟々と唸り、ときおり砂礫が火口を流れる不気味な音が響く、騒がしい登山であった。

【霧島ホテル】
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 本日の宿、霧島ホテルへと到着。登山で、普通の汗と、それに冷や汗をかいたので、このホテルの名物の特大庭園風呂で、ゆったりとくつろごう。

【硫黄谷庭園大浴場:ホテル公式ページより】
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 霧島は、川が温泉と化し、温泉の滝もあるという、莫大な湯量を持つ地なので、このように巨大な掛け流しの温泉浴場を築くことができる。
 何度来ても、この大浴場には圧倒される。

【夕食】
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 夕食は広大な食事処で。
 台風の近づいている本日、客は少ないだろうと思ったら、人はいっぱいであった。
 駐車場の車のナンバー見ると、あんまり遠方の人はいないようであったし、南九州人はさすがに台風に慣れている。

【外の眺め@翌朝】
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 夜には鹿児島に台風最接近ということで、外は嵐のごとき状況であったが、窓さえ閉めておけば、部屋のなかはまったく平穏無事で過ごす。
 そして翌朝には、台風は離れ、風は強いものの、雨はあがり、晴れ間も見えた。
 だいたい予想どおりの天気の変化であり、安心して帰れることになる。

【高千穂峰】
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 帰路での霧島神話の里公園から見る高千穂峰。
 昨日と違って、山頂まで見ることができる。この姿を見て、今日登りかえしてみようかなとちらりとは考えたが、どう考えても気象条件は今日のほうが悪く、吹き返しの風が昨日よりもずっと強く吹いているに決まっているので、そういうことはしないことにした。


 紅葉の季節の10月は、どの週末も天気が悪く、まったく九州の山の紅葉が楽しめなかった。平成29年の10月は、悪い意味で記憶に残る月であった。


Takachihomine

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October 27, 2017

鮨匠のむら@平成29年秋

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 私の定期訪問寿司店の一つ、鮨匠のむら。
 いつもは、のむらスペシャルの極上雲丹が味わえる夏に訪れていたのだが、今年は機会がなく、それでもう雲丹の終わった季節に訪れることとなった。

 いつもながら、地元主体の産地直送のものに加え、店主が遠方から取り寄せる逸品が並ぶ料理を堪能する。

 そして晩秋の時期は、「いくら」が自慢。
 醤油漬けしたものでなく、質のよいイクラを仕入れ、それをそのまま出していて、イクラの真の魅力を味わえる。
じつに濃厚で豊かな味である。

 肴から、鮨、そして日本酒の銘酒の数々、すべて美味しかった。


 ところで、本日は明日から台風が近づいている日だったのであるが、こういう県外の客の多い店はキャンセルが大変だろうなあと思い、尋ねてみるとやはりそうであった。
 遠方から来る客は、飛行機を使うことが多いので、最初から来ることができないとか、あるいは来ることはできても帰れないとかにどうしてもなるので、泣く泣くキャンセルする客が多く、そして仕入れた素材をどうしたものかと店主は苦笑していた。

 ・・・10月になって、台風が週末に襲来し、私としては山に登れないとか、紅葉が散ってしまうとか不平を言っていたのであるが、それどころではないダメージを受けている人たちが数多くいることが分かり、そんなことで文句を言ってはいかんなあ、と反省いたしました。

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October 21, 2017

秋の登山:長者原→行縢山

【長者原@早朝】
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【天気図】
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 秋も深まり、九州の紅葉の季節。
 紅葉においては、私が九州の山で最も美しいと思う、九重の大船山山頂の御池を染める紅葉の姿を今年も旬の時期に見に行こうと思った。
 例年10月の3~4週が旬である。それで弟3週に訪れようと企画したが、台風が近づいているとの予報。ただ、21日(土)には、台風ははるか彼方の大東島あたりにあり、九州大分には秋雨前線に刺戟を与える程度で、たいした影響はないものと判断。
 それで、土曜日の前夜に長者原で車中泊して、翌日の登山に備えた。

 しかし、夜が明けて、長者原から三俣山方面を見ると、小雨が降っているのはいいとして、雲の流れが早い。いやな予感がして、気象庁の天気図を確認すると、台風21号の大きさにたまげる。こんなにでかい台風を見るのも久しぶりだが、この等圧線みると、九重の1700mを越えた稜線での風の強さはそうとうに強烈なものと判断できる。
 若いころには、台風が近づいている時でも、強風の吹き荒れるなか、吹き飛ばされないように這いつくばって久住山に登った経験はあるが、もうそんな元気はない。
 で、せっかく長者原に来たのに残念ではあるが、さっさと撤退を決定。
 (・・・というか、前日には台風の中心と進路の予報円しか確認していなかった。そのときちゃんと天気図見てれば、台風の極端なでかさに気付いて、長者原に来ることもなかったわけであり、反省しきりである。)

【行縢山】
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 というわけで、雨がどんどん強く降るなか、車を走らせたが、宮崎に入ると雨足が弱くなり、そして雲も薄くなり雨が止んだ。
 そして、東九州道からは、行縢山がくっきりとその姿を現した。
 せっかく登山道具を整えているんだから、登れる山があるなら登らないと損である。
 それで、今回を予定を思いっきり変更して、行縢山に登ることにした。

【行縢の滝】
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 行縢山は標高が低いので、紅葉はまだ期待できないけど、雨が降ったなか、名所の滝は見ごたえがあるだろうと思った。それで滝見橋から見ると、滝はなかなかの水量である。それで、行縢の滝へ行き、滝を見物。

【行縢山雄岳遠景】
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 登山道の急登を越え、行縢神社の祠の傍の展望所から、行縢山雄岳を見る。
 紅葉は、まだ1分程度。

【登山道】
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 この悪天が予想されるなか、登山者は誰もいないだろう思っていたら、前日からのテント泊らしき大荷物を担いだ若者のグループ一組とだけ会った。10数年ほど前までは山で会うのは中高年者ばかりであったが、このような元気な若者に山で会えるようになってきたのは、日本の登山文化にとって、とても頼もしく感じる。

【行縢山山頂】
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 だんだんと雲が下りて来て、視界の利かなくなるなか、山頂到着。
 展望は良くないし、近くの山肌の紅葉も、まだ始まっていない。
 とりあえず、大雨とかに会わずに山頂に来られたことに満足して、それから下山。

【登山道】
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 紅葉の時期にはまだ早かったが、それでも気の早い樹々が落とした、紅葉が登山道に散らばっており、これはこれで美しいものであった。

【登山道】
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 登山道を歩いていると、近くの林で、鹿が二匹走ってきて止まり、こちらをゆったりと観察していた。
 行縢山は、鳥獣保護区域なので、鹿もおっとりしている。

【行縢山】
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 下山して、行縢山を振り返る。
 既に行縢山は雲にすっぽりと包まれている。
 最初にこの姿を見ると登るはずもなかったので、なんとか登山タイムに間にあえて、よかった。

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October 08, 2017

オーベルジュゆらぎ@新居浜市別子山

【オーベルジュゆらぎ】
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 四国は、島そのものが山、という地形なので、海岸沿いにある都市から山のほうへ車を走らせると、たいていは30分くらいで閑散な山奥のなかに到達することができる。
 人里離れた静かな山麓にある「オーベルジュゆらぎ」もその地形の利を生かして、新居浜市から車で30分ほどの位置にある、自然豊かな料理宿だ。

 季節により、咲き乱れる花々や、一面の紅葉を楽しめるし、近くには観光名所である「別子銅山跡」もあり、様々な楽しみ方ができる宿である。

 今回は登山を終え、松山自動車道から目指した。カーナビに従い、「いよ西条IC」から下りて県道47号線を走ったが、それは「最短距離を選ぶ」というカーナビの特性によって選ばれた道であり、900mの高さの峠を越えるくねくねの山道を走らされ、ひどい目にあってしまった。こういう道を通る前に、まじめに地図を見て検討すれば、少々遠回りであるが「新居浜IC」から県道9号線を行ったほうがはるかに楽なのは一目瞭然なのであり、帰りは当然それを使った。

【藤のドーム】
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 宿を訪ねると、まず目に入るのが、直径45mの巨大なドーム型の藤棚。
 これ、藤の花の時期はドーム全体が紫色に染まり、壮観だろうなあ。

【ディナー】
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 ディナーは地元の素材を使った、けっこう本格的なフランス料理のコース。
 特に派手さや新鮮さはないけれど、スタンダードで、落ち着いて味わえる、丁寧につくられたきちんとした料理の数々。
 そして、フロントの係の人が、ディナーのときは給仕担当になったりと、いかにもオーベルジュ的な家庭っぽさもまたいいと思う。

【赤石山系】
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 ここらへんの標高では、紅葉の時期にはまだ早かったけど、それでも周囲の遊歩道を散策すると、自然豊かな風景を楽しめた。
 そのなかでひときわ目立つのは、ギザギザの稜線を青空に刻んでいる赤石山系。
 標高は1700mを越えており、山の多い四国ではこういう立派な山がそこかしこにあるようであった。
 いつかこの山も縦走してみたいと思った。・・・来るのは大変なんだけど。

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秋の石鎚山

 10月連休、石鎚山が紅葉の旬ということで、石鎚山に登ることにした。
 紅葉は明るい陽の光のもとでないと、その真の魅力を楽しめない。予報では日曜日が終日晴天とのことだったので、日曜日に登ってみよう。

 早朝、石鎚山麓の駐車場に着。連休の好天とあって、朝早いうちから、どんどん駐車場に車が来るなか用意を整え、満員のロープウェイに乗って、降りたロープウェィ駅からスタート。

【成就社から】
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 石鎚山は山全体が聖域。そして成就社の鳥居から、石鎚山を望む。
 見事な晴天であり、紅葉をまとった山のスカイラインが鮮やかに空を切り取っている。

【夜明峠】
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 成就社からの登山道は、いったん山を越えて、それから夜明峠に降りる。
 石鎚山は深い山系にあるため、なかなかその姿を現さないのだが、ここに至れば石鎚山がその姿の全貌を現す。私が初めてここを訪れたとき、その峨々たる山並みの姿に感動した覚えがあり、今回もその感動を期待していた。
 しかし午前10時くらいからこの山域にガスが湧きだし、夜明峠に着いた時点では、山々はガスに包まれ、展望はまったく良くなかった。わざわざ晴天の日をねらって来たのに、残念至極である。
 まあしかし、風の流れは強いので、山頂に着くころにはガスが晴れることを期待して、歩を進める。

【夜明峠】
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 参考までに4年前の春に石鎚山を訪れたときの夜明峠の写真。
 本来ならこのように、眼前に石鎚山の山脈が聳え立っているのが見えるのである。

【登山道】
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 石鎚山は3つの鎖場があり、ここからすぐの2番目の鎖場からが、石鎚山への取付きとなる。
 このあたりの紅葉は見事なものであったが、陽が射していないので、その鮮やかさはいまいちであった。

【二の鎖】
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 紅葉の旬、そして連休中日ということもあり、鎖場は大混雑であった。

【三の鎖】
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 最後の鎖場、三の鎖を越えれば、すぐに山頂である。そこに至れば、「石鎚山」の画像を検索すれば、いくらでも載っている絶景を楽しめる。
 で、なにはともあれ、この大渋滞を進んで行きましょう。

【石鎚山山頂】
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 大渋滞を乗り越え、ようやくたどり着いた山頂。
 風の流れは早く、ガスは石鎚山の北壁にぶつかり、それから上空に流れていく。
 そのガスが時に払われ、石鎚山がその全貌を現す。
 期待していた以上に、見事な紅葉であった。
 今年の気候条件と、そして紅葉の旬が、本日ぴったりとあったみたいで、錦絵のごとく豪華な紅葉の風景を見ることができた。

【石鎚山山頂】
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 そして、アングルを少々奥に戻せば、このような風景。
 たぶん、本日における西日本で最高の絶景は、苦労して登ってきた、山頂広場を埋める多くの人が楽しんでいるのである。

【夜明峠】
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 下りは元来た道を戻る。
 夜明峠にて、行きのときにガスに包まれていた山系は、少しはその姿を見せていた。

【登山道】
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 成就社を過ぎ、ロープウェイ乗り場に近いころ、この看板「ご登拝、ご苦労さまでした」が、登山者を迎えてくれる。
 石鎚山は、古くから信仰の対象となっていた霊山なのである。
 この歴史ある、美しく、峻厳な山で、紅葉が見れらた登山を堪能できたことに感謝。


Isshi

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October 07, 2017

イタリア料理: ロカンダデルクオーレ@愛媛・東温市

 松山市に一泊。
 松山市の隣の東温市に、美味しいイタリアンレストランがあるとの話を以前から聞いていたので、この機会に訪れてみた。

【ロカンダデルクオーレ】
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 本日は涼しく、美しい月が出た夜空のもと、庭のテーブルでディナー。

【前菜盛合わせ】
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 鯛のカルパッチョ、地元の野菜にイタリア輸入の野菜、猪のサラミ、などなど。
 良い素材を使って、ほどよく火を入れ、丁寧に作られた料理の数々。

【パスタ】
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 パスタはマッケロンチーニを使ってのアマトリチャーナ。
 グアンチャーレもトマトも質の良いものであり、普通のイタリア料理店では出てこないような、本格的なもの。

【メイン】
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 メインは豚肩ロースのグリル。
 これも地元の素材を使ったもので、素材そのものの味に加え、火の通し方もほどよいものである。


 素材はおもに地元のものを使ってはいるものの、料理そのものは見事に本格的なイタリア料理であり、レストランの雰囲気もそうなので、食事中イタリアにいるような気分が味わえた。
 愛媛のなかのイタリア、という感じの店であり、料理の良さもあわせて、貴重な存在であると思う。

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愛媛観光 : 佐田岬→下灘駅→道後温泉

 10月になって涼しくなり、紅葉の季節である。
 ただし九州では、この連休はまだ紅葉には早い。どこの山に登っても、紅葉を楽しむことはできないであろう。
 それで、連休は九州を離れて遠出して、紅葉を見に行くことにした。
 昨年、同様の思いで、鳥取の大山は紅葉の旬だろうと勝手に思って大山に出かけたら、紅葉は1分程度であり、がっかりしたので、今回はきちんと事前情報を得ることにした。
 すると四国の石鎚山が、山頂近傍がちょうど紅葉の旬ということで、石鎚山に行くことにした。

 連休の天気予報では、土曜日は曇り時々雨、日曜は晴れということである。
 そのため、土曜日は登山には使わないことにして、土曜日は四国に渡りはするものの、いったん松山市に泊まり、ゆったりとすることにした。

【佐田岬】
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 四国にフェリーで渡り、まずは佐田岬に寄ってみる。
 愛媛から大分に向かって、細長く突き出ている佐田岬半島は、山の尾根がそのまま海に突っ込んでいるような、面白い地形の地であり、ドライブしていると特異な風景をずっと眺めていることができて楽しい。
 その道をずっと行ったのち、駐車場に車を止め、2km弱の歩道を歩いて佐田岬へと到達する。

【佐田岬】
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 地図で見てわかる通り、ここは狭い海峡になっており、潮の流れが厳しい。
 そしてそのおかげで、良い漁場になっているようで、激しい潮を制御しながら、幾艘もの漁船が漁を行っていた。

【佐田岬 : 燈台と海鳥群】
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 豊富な魚を狙っているのは漁師たちのみでなく、岬に群れる海鳥達も、始終岬を周回して、魚の群れが来たときは海に突っ込んでいた。

【佐田岬 : 大砲】
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 佐田岬は海の交通の要所であり、太平洋から瀬戸内海に入る船は、かならずここの目の前の海峡を通らねばならない。
 先の大戦のとき、本土決戦に備えて、この岬に大砲が設置され、そのレプリカが展示されている。
 ・・・江戸時代ならいざ知らず、二次大戦の時代で、もしこの海峡に異国の軍艦が来るなら、制空権が取られたあとに決まっているので、相当な苦労をして設置したであろう、この対艦武器に、何の意味があるか、私としては考え込んでしまうわけであるが、当時はそのようなことを平気でやってしまう、政治・軍事の思考の貧困さが実在した、そういう事実をこの大砲は示している。
 そして、じつのところ、そういった現実的思考あるいは科学的思考の貧困さは、今なおあらゆる領域で、今の日本に頑として存在しているわけであって、ならばこの大砲は、我々そのものの象徴であるような気もして、いろいろと考えてしまった。

【下灘駅】
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 JR四国予讃線の無人駅である、「下灘駅」。
 一日の利用乗客は60人ほどという、零細駅であるが、海にとても近いロケーションにあることから、「日本一海に近い駅」として、全国的に有名であり、列車は使わないものの、その風景を愛でるために、多くの観光客が立ち寄る、四国きっての名物駅となっている。

【下灘駅】
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 駅と海を一緒に撮るアングル。
 じつのところ、地方住まいの身としては、こういう辺鄙な駅と、静かな海は、似たようなものはよく見ているので、あまり新鮮さは感じなかったが、でもその二つを組み合わせると、独特の風情ある風景が生まれるわけで、たしかにこの風景を求めて全国から観光客が来る、その理由がよく分かった。

【道後温泉】
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 松山はいろいろと名物があるけど、その筆頭は道後温泉。
 四国は温泉に乏しい地であるが、この温泉ばかりは、万葉集の昔から名が伝わる名湯である。
 そして道後温泉の象徴である道後温泉本館を見物し、そしてその周囲を散策。
 それから松山市へ行って宿泊。
 明日は石鎚山に登ろう。

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October 01, 2017

不思議物件:高鍋大師@高鍋花守山

【高鍋大師】
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 「何故このようなものが存在しているのか?」と、見たときに人々の心に疑問符を突き立てる不思議物件は、たいていは人里離れた、人訪れること少なき地にひっそりと存在していることが多いのであるが、宮崎の誇る不思議物件「高鍋大師」は、幹線道路である国道10号線を宮崎から大分方面に車で走っているとき、小丸川のあたりで左手の丘陵地に忽然と姿を見せる、堂々たる不思議物件である。

 丘の上に異形の石像が立ち並ぶその姿は、遠目にはあまりに奇矯であり、なんらかの怪しい宗教の建造物にようにも見え、人々はそこに禍々しいものを感じ、見たことがなかったことにして過ぎ去って行く、ということがほとんどである。
 じっさい、高鍋大師、その存在は知っていても、訪れたことはない人が宮崎には多い。

 けれども高鍋大師は、実際のところは、禍々しさなどそんなにはなく、どころかユニークで、個性的で、微笑ましく、愉快であって、しかし馬鹿らしくもあり、頭を抱えたくなるような難解なところもあり、つまりは混沌の極みの場であり、正確な感想は訪れてみないと分からない、・・・というか訪れても、「正確な感想」はまず得られないという、不思議物件の鑑のような、そういう貴重なものなのである。

【持田古墳群:茶畑の中にいくつもの古墳が点在している】
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 この石像群は、持田遺跡の古墳群に建てられている。

 宮崎は国宝を持たない県である。
 国宝を持たない県は他に一つしかなく、これでは日本の歴史発祥の地としてはみっともない、とかの意見が時に出てきたりする。
 日本歴史発祥の地というのはダテではなく、古代におおいに栄えた印として、西都や高鍋にたくさんの古墳がある。それらを片端から掘り起こせば、国宝級の遺物など容易に出てくるだろう、と私とかは思うわけであるが、どうやらそういうわけにもいかないようだ。
 その第一の理由は、この地の古墳の多くは既に盗掘で荒らされており、貴重なものはもう残っていない可能性が高いということである。
 古墳とは、現在では貴重な文化財であるが、元々は墓である。霊の宿る神聖な場であるべき墓々の、その荒れ果てたさまを哀しく思った、岩岡保吉という地元で財をなした実業家が、鎮魂のために、石像をつくって古墳を祀った、というのが高鍋大師の元の始まりであり、とても崇高な志でつくられた施設なのだ。

【持田古墳群49号墳】
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 こういうスタイルがその典型である。
 持田古墳群の一つである49号墳を、様々な意匠の石像が取り囲んでいる。
 ただ、鎮魂というには、これらの石像の姿は少々賑やかすぎるような気もし、もしここに眠る人が感想を述べられたりしたら、どのようなことを言うだろうと、ちょっと気になったりもする。
 まあ、古墳って元々は、いろいろな造形の埴輪で飾られていたので、もしかしたらかえってオリジナルに近いものなのかもしれない。

【高鍋大師本堂】
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 高鍋大師は、本堂もあり、一応はお寺であるみたい。「大師」の名前があるくらいだから、真言宗系なのだろうが、この石像は、神・仏・偉人・有名人・動物等々なんでもあり、神仏習合を越えて混沌のきわみではある。

【持田風景】
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 高鍋大師は小高い丘にあるので、持田の町なみ、そして日向灘を一望できる。
 石像群に加えて、この風景も魅力である。

【花守山】
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 ところで今回高鍋大師を訪れたのは、丘一面に植えられた彼岸花が見頃を迎えているという新聞記事を読んだからなのであり、それでサイクリングがてら訪れたのだが、・・・残念ながら、この丘の彼岸花の旬は終わっていた。

【彼岸花】
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 丘の下の道路脇の彼岸花は、しかしまだ咲いていた。
 赤・白・黄とある彼岸花のうち、黄色のものは今が旬のようで、鮮やかな色を楽しめた。

【駐車場】
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 この手の、個人の趣味と情熱のみで造られた、トンデモ系の施設は、たいていはまず家族に理解されず、造り手が亡くなったのちは、後継者を得られず、そのまま放置され廃墟と化し、やがては重機が入って更地化される、という勿体ない経過をたどることが多いのだけど、この高鍋大師は地元のNPOによって適切に管理されているようで、往時の姿が保存されているようだ。

 しょっちゅう台風がやって来る宮崎の地で、背の高い石像の立ち並ぶこの施設の維持管理は大変だろうと思うけど、宮崎の誇る不思議物件、ぜひぜひこれからも後世に伝えていってもらいたいものである。


 ……………………………

 高鍋大師 →高鍋町観光協会


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世界ジュニアサーフィン選手権@日向市お倉ヶ浜

 サーフィンの国際大会が日向市のお倉ヶ浜で9月末から9日間の日程で開かれている。
 宮崎では、日向から日南にかけては、日本有数のサーフィンの名所であって、それ目的に宮崎に移住する人も多いという、波乗りにとっての憧れの地らしい。
 その場で、世界中から人がやってくるビッグイヴェントが開催されたのである。

 マリーンスポーツに興味のない私としては、サーフィンといえば、名画「ビッグウェンズデー」の知識くらいしかないわけだが、(いったい何十年前の映画だよ、という突っ込みはさておき)、プロのトップアスリートの技が間近で生でみられる機会は滅多にないので、行ってみることにした。

【競技風景】
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 サーフィンって、波に乗り、波を飛び、波を切り裂く、波と闘う激しいスポーツなのであった。
 アクロバットな技などなかった「ビッグウェンズデー」のサーフィンとは、相当に違っていた。・・・月日の流れとともに、物事はいろいろと変わるのである。

【競技風景】
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 各国の選手が演技するたび、その国の応援団が旗を振って応援する。
 ブラジル、アルゼンチン等の南米の国が特に乗りが良かった。

 

 サーフィンのルールについては何も知らない私であったが、この競技はルール上、常に選手に指示と経過を伝えねばならないみたいで、ずっとスピーカーで沖の競技者に対して点数とか順番を伝えていたので、競技の流れがわかりやすかった。
 それに選手が繰り出す技の得点については、素晴らしい技が出ると、観衆が歓声を上げるし、それに見ているうちに「これは、いい得点出るな」ということが分かりだし、ルールを知らない者でも存分に楽しめた。

 ただサーフィンって、見ているうちに、結局は乗る波の良し悪しで、そのパフォーマンスも相当に影響されるのも分かり、採点競技としては、少々問題のあるスポーツではないかとの疑問も持ってしまった。
 寄せくる波は、すべてが違う波であり、そのなかにほんの一部ある素晴らしい波をとらえれば、納得の演技ができる可能性が高まるわけだけど、そういう波が制限時間内に来るとも限らぬし、しかも競技は4人一組でするので、せっかく素晴らしい波が来ても、乗れる波には優先順位があるので、個人によって好きな波が自由に選べるというわけではなかったわけだし。

 とはいえ、いい波が来たときのトップアスリート達の演技は、本当に見事なものであった。人間って、鍛えればこんなとんでもないこともできるんだなあ、という感嘆を与えてくれる、最高レベルのスポーツ大会でみられる「人間賛歌」そのものであった。


 日向という地は、全国レベルからすると交通や宿泊の便の悪い、こういう国際大会を開催するには地の利のない地であるが、その問題を克服して、このような大規模な大会を開いてくれて関係者の努力に感謝至極である。
 もちろん、この地で最高のパフォーマンスを演じ、サーフィンの魅力を何万人もの観客に教えてくれた選手たちにも。

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September 23, 2017

重盤岩@津奈木町 & 湯の児温泉@水俣市

 熊本から鹿児島方面に国道3号線を走っていると、途中の津奈木町で国道沿いに見える奇岩「重盤岩」。前から気になっていたのだが、熊本に用事ができたついでに行ってみることにした。

【重盤岩】
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 津奈木町は、九州中央部に横たわる巨大な山塊である九州脊梁山地の、西の海側の端に位置するので、もっぱら山ばかりという地形であるが、その山々のなかで重盤岩のみは、山というより岩の塊という姿であり、とても個性的である。

【つなぎ美術館】
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 津奈木町はアートの町でもあり、町なかにいろいろな美術のオブジェが飾られている。それらを散策しながら楽しめるのも、この町の魅力だ。

【重盤岩眼鏡橋】
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 重盤岩のふもとには、これも熊本名物のアーチ状石橋がある。
 オブジェの奥に見える橋である。
 江戸時代に、熊本には高度な技術のある石工集団がいたので、熊本では各所にこのような美しい橋が造られている。そしてそれらは頑丈だったので今にいたるまで残っている。

【モノレール】
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 重盤岩には、80mほどの高さを登る。
 つなぎ美術館から、モノレールが出ているので、それを使うと楽に登ることができる。

【重盤岩】
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 重盤岩は、下から見ると、岩峰が一個突き出ている、単純な岩山に見えるけど、登ってみると、四方八方に登山道を伸ばした複雑な形をした岩山であった。
 それぞれの道をたどり、そこからの風景を楽しみながら、じっくりと散策した。

【湯の児温泉】
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 重盤岩を散策したのちは、近くにある湯の児温泉に移動。
 歴史あるこの温泉は、小さな湾に、いくつもの温泉宿がある風情ある姿である。

【温泉】
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 今回泊まった宿は、「昇陽館」。
 全室オーシャンビューという、眺めのよい宿である。
 ただし、ここからはどうやっても沈む太陽しか見えないはずなので、この宿の名前には納得がいかなかった。

【湯の児温泉】
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 この宿は、湯の児の豊富な湯をいかして、いろいろな種類の温泉があり、どれも良かった。

【夕食】
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 夕食は温泉宿スタイル。
 刺身、煮物、椀物、焼き物、それらを一挙に持ってきて、あとはセルフサービスというもの。
 こういうのは好きではないが、でもある意味でくつろげるので嫌いではない。海産物のレベルもなかなかのものであった。

 今回、急に思い立って旅行を決め、そこでたまたま空いていた宿を予約したけど、値段のわりにはいい宿だったと思う。特に眺め、温泉は、標準以上のレベルであった。

【湯の児島】
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 湯の児の湾に浮かぶ3つの島。
 最初の橋は、「飛び込み禁止」とか書いているけど、おらんだろそんな人、とか心で突っこんでしまう。

 一番目の島は、小高いところに登り、そこの神社にお参りして、それから次の島へと行く。
 その途中に、「願掛け亀」という大きな亀の石像があり、そこでお賽銭を供えましょう。福々しい亀なので、なにか御利益ありそう。
 この島々は、これ以外にもたくさんの亀の像が設置されているけど、それには理由がある。一つには昔、大きな亀が訪れたという伝説があること。そして、もう一つは第3の島を見晴らすところに、亀に似た岩があること。伝説はともかく、この岩を見ると、その位置と姿が絶妙なので、ここがいかにも「亀の島」という気にさせられる。

【福田農園】
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 湯の児温泉近くには、スペインの文化を伝える「福田農園」がある。
 定期的にフラメンコなどもやっているそうだ。
 今回はそれを見る時間もなかったので、美味しいとの評判のパンをたくさん購入して、それから帰宅した。


 今回、突発的に重盤岩を訪れたけど、植生を見ると、紅葉が多く植えられており、これは10月末から11月にくるとさぞ美しい景色を眺められるだろうなと思った。

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September 19, 2017

映画 エイリアン:コヴェナント@プロメテウス続編

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 地球上の古代遺跡にかつて異星人が地球を訪問して、人類を創造し、かつ文化を指導したことを示す壁画が発見された。それには異星人の居住している星の位置が描かれており、大企業が神を探すために一兆ドルの予算をかけて最新鋭宇宙船プロメテウス号を造り、星間飛行にてその星を訪れた、というのが前作の「プロメテウス」。

 「我々はどこから来たのか? 我々は何か? 我々はどこに行くのか?」という、人類にとっての最大にして深刻なる難問への解答を、大画面を使った映画による映像美で描出しようという野心作であったが、たしかに映像そのものは素晴らしいものの、脚本に穴がありすぎた問題作であった。
 多大な犠牲を払ってたどりついた星は、目標としていた異星人の母星ではなく、一種の軍事実験基地であり、そしてそこには「神」と目されるエンジニアは一体しか居なくて、しかもそれは高い知性を有する存在とはとても思えない怒りっぽい短慮男でしかなく、人類の歴史初の異星人とのファーストコンタクトはただの諍いになり、その諍いはさらにはエンジニアの船とプロメテウス号の戦闘まで発展し、なにがなにやらわからぬうちにプロメテウス号は破壊され、この人類の英知をかけた「神探索プロジェクト」は、ただの喧嘩っぱやい異星人とのバトルに終わってしまった。

 壮大なる宇宙を舞台とした、哲学的、思索的な劇を見るつもりが、不機嫌な宇宙人との単なる喧嘩をみさせられ閉口した観客には、しかしまだ希望が残されていた。
 プロメテウス号はダメになったが、エンジニアの船は機能しており、それを使って生き残ったプロメテウスのクルーが、そもそもの命題であった謎を解きに、エンジニアの母星に旅立ったのが、「プロメテウス」の幕であった。
 続編では、母星にとどりつくだろうから、そこで本来の劇が見られるであろう。

 さて今回公開された続編の「コヴェナント」は、プロメテウスから約20年後が舞台。コヴェナント号は、2000人の選ばれた人類を乗せて新天地の惑星「オリガ6」へ恒星間宇宙飛行を行っていた。ところがコヴェナント号は途中で故障し、その修理のため乗組員は冷凍睡眠から起こされた。そのさいに近くの惑星から、人類の発したと思われる信号を受信し、その惑星の環境が「オリガ6」よりも人類の生息に適していることも判明。コヴェナント号はその惑星の探査を行う。
 この惑星こそが、前作でプロメテウス号スタッフが向かった「エンジニアの母星」であり、そこで前作で謎のまま終わっていたものが、ここで謎解きされるはずである。

 この謎解きを、前作で欲求不満をかかえたままの観客は、5年かけて待っていたのだから、わくわくしながら観たわけだが、・・・しかし観終わっての感想といえば、「それはないよ、スコット監督」というものであった。

 以下、ネタバレ感想。
     
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 コヴェナント号のクルーが降り立った星は、「植物は生い茂っているが、動物はいっさいいない」死の雰囲気濃厚な星であった。そして話が進むうち、この星にいた知的生命体は全て滅びさっていることが分かる。しかもその知的生命体は、プロメテウス号スタッフが会合することを熱望していた「エンジニア」ではなく、人類同様にエンジニアの造ったらしいものであることも分かる。つまりはここは母星ではなかったのだ。
 こうして前作のテーマであった、「遥かなる空間を旅しての、人類の創造主との会合」、という深遠なる劇は、今回もスルーされ、観客はべつに見たくもないエイリアンと人類のバトルをえんえんと見させられることになる。いやこの映画、題名にエイリアンってついているのだから、エイリアンが出ることに不平を言ってはいかんのだろうが、しかし前作じゃついてなかったし、もとよりエイリアンが主題の映画でもなかったし、なんか納得いかん

 まあそんなわけで、このシリーズ、当初の人類創造のミステリというテーマはもう離れて、エイリアン誕生の謎解きが主体になっているようだ。
 しかしそうだとすると、書けば長くなるので端折るが、エイリアン1とプロメテウスシリーズでは、様々なことで齟齬が生じて、映画全体でまったく整合性がとれなくなるけど、それでいいんだろうか。まさかパラレルワールドということで済ませてしまうつもりなのか。


 ところで、前作の舞台の星から今回の星までのプロメテウス号スタッフ、ショウ博士とアンドロイド デヴィッドの旅は、この映画ではいっさい省かれている。デヴィッドはこの映画での重要人物でもあり、省いていいようなものでもないはずだが、スコット監督も悪いとは思ったようで、そこの部分を描いた特別編が公開されている。

【特別映像】

 この短編、とてもいい、すばらしくよい。
 それこそずらずら並ぶコメント欄にある、「本編より、こっちのほうがずっと出来がよい」というのにいたく同感してしまうほど。

 エンジニアの母星へ向かう旅で、デヴィッドはショウ博士からの、優しい思いやりを受ける。前作では周りの者からモノ扱いされて、根性がねじまがり、性悪アンドロイドとなっていたデヴィッドが、“ I’ve never experienced such compassion. ”とつぶやき、母星で出会うエンジニアがショウ博士のような人だったらよいねと言って、こういう人に会いたいと博士の似顔絵を見せる。そういう「回心」したデヴィッドが、長旅を終えて目的の星に着いたとき、“ Look on my works, ye mighty, and despair! 神よ、私のやったことを見よ、そして絶望せよ!”と言い放って、生物にとっての超毒素である「黒い液体」を上空から撒き散らし、惑星に住む者を全滅させる。まさに悪魔のごとき存在と化している。
 この天使から悪魔への変貌、宇宙船のなかでいったい何があったのか。くわしく描写すればシェイクスピアの悲劇のような絶望に満ちた愛憎劇があったと想定はされるが、それは観客の想像しだいということか。

【「神」を滅ぼすデヴィッド】
Scene1


 
 コヴェナント、前作に引き続き、絵はたいへん美しいものであり、さらなる続編が作成されればぜひ見たいものではあるが、あいかわらず脚本がなあ。
 ハリウッドシステムでは、なにより「売れる脚本」が求められるから、こういう脚本になってしまうのはしかたないのかしれないが、しかしほんとうにこういうのがより支持される脚本なのかねえ? どうにも疑問である。


 ……………………………

 映画 エイリアン:コヴェナント 公式サイト

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September 17, 2017

綾界隈@台風18号到来の宮崎

【9月17日天気図】
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 9月になって涼しくなり、山のシーズン到来というわけで、連休は山登りと温泉で楽しもうと思っていたのだが、そこへ連休を狙ったかのように、大型の台風18号が、進路が不安定なまま九州に向かってきて、予定がまったく立たなくなったので大人しく前半はインドアで過ごしていた。
 そして16日の夜には、台風の進路がはっきりし、17日の午前中に鹿児島上陸ということで予測が立てやすくなった。
 その日は綾町の温泉宿「酒泉の杜 綾陽亭」に予約を入れていた。当たり前のことながら、旅館というものは、当日にキャンセルをするとキャンセル料を取られるのだが、このときは数日前に宿からあり、「台風の場合はキャンセル料はとりませんので、キャンセルされる場合は早めにご連絡お願いします」との電話があり、なかなか出来た宿と思った。
 当日になり、天気図をみて計画をねる。
 まず宮崎では台風は午後に直撃ということになる。そして雨については、前線との関係で県北はひどいことになりそうだが、宮崎市から綾町へのルートはさほどの雨は降らなさそうである。
 それで、午前中にとっとと綾に移動して、台風本番は施設内で迎えるというプランを立てた。「酒泉の杜」は、温泉、ワイナリー、レストラン等のあるリゾート施設なので、チャックインまで充分に時間をつぶせるであろう。

 ということで、いつもより遥かに車の数の少ない10号線を車で走り、11時頃に綾に到着。
 ところが、時間をつぶすはすの予定の酒泉の杜、本日は台風のせいで全施設営業中止となっていた。・・・よく考えれば当たり前なのだが、その可能性についてはすっかり失念していた。反省。

【酒泉の杜】
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 施設の臨時休業とととも、イベントも中止のお知らせ。

【綾陽亭 客室】
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 というわけで、酒泉の杜をぶらぶらして時間を過ごすという計画があっさりと没になったのだが、宿のほうが特例で12時からチェックインさせてくれた。有難きかな。
 広々として、品のよい、快適な部屋である。
 この部屋のソファに寝っ転がり、午後からは嵐の様相になってきた外を眺めながら、読書や音楽で、ゆったりと時を過ごした。

【部屋風呂】
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 部屋風呂も檜の立派なものである。

【大浴場】
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 酒泉の杜の大浴場は、本日は宿泊者専用である。
 得した気分になった。

【夕方】
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 海上にいたころはゆっくりと進んでいた台風ではあったが、九州に上陸してからは速度を上げ、あっというまに当地を過ぎ去り、夕方には晴れ間も見えた。
 連休中の、迷惑千万の邪魔虫であった台風のとりあえずの通過であった。
 ちなみに、飛行機も飛ばす、JRも全区間運休というこの日、宿のキャンセルは2組だけだったそうだ。どうやって遠くから来れたのだろう?と思ってしまうが、台風に慣れた日本人は、旅のやりかたもそれぞれの工夫をもっているようだ。

【夕食】
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 夕食は、宮崎の地元のものをふんだんに使ったもの。
 綾町取れの野菜、茸、日向鶏、地頭鶏、宮崎牛、日向灘の魚、天然鮎、宮崎産の鰻等々、〆はやはり宮崎名物レタス巻き。
 この宿は県外の観光客が訪れることが多いので、そういう人たちにとって満足度の高い料理であろう。もちろん県内の者にとっても、十分に美味しい料理の数々である。

【照葉大吊橋】
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 翌日は台風一過の晴天である。
 それで綾の観光地を散策。
 まずは、一番の名所「綾の大吊橋」。
 原生林の峡谷にかけられた、世界最大規模の長さを高さを持つ、大吊橋。
 足元は一部が網状になっていて、歩いていると高度感抜群である。

【花時計】
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 直径26mという大きな花時計。
 花の時期はとてもきれいなのであるが、少々時期外れであった。

【綾城】
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 綾の町を見下ろす場所にある、ユニークな造形の城。
 ここからの眺めはじつに素晴らしい。


 台風直撃の連休、それなりに充実した休日を過ごすことができた。

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