May 05, 2019

登山:対馬竜良山

【竜良山@豆酘港から】

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 下対馬の良港、豆酘港の奥に位置する竜良山は、円錐形の一際目立つ姿から、港に帰って来る漁船のランドマークとなっており、その美しい姿は玄海の荒波と格闘して、ようやく家路に近づいてきた猟師たちにとって、神々しいものに映っていたであろう。そのため、竜良山は古来より神聖視され、立ち入りが禁じられていたことから、山麓の森林が保護されており、それは貴重な自然林として、現在では国の天然記念物に指定されている。

 今では立ち入り禁止は解除されてはいるが、それでも地元の人たちは、この聖なる山に入ることは敢えて避けているそうだ。
 とはいえ、世の中には一定数、そこに山があるとなにはともあれ登りたがる人たちが居て、そして私もその一員なので、登ってみることにした。
 この特別な山の登山については、豆酘の宿を出るとき本日の予定を聞かれ、竜良山に登りますとこたえたところ、あそこは霊山なのでと、主人からお清めの塩をもらっており、登山口でお祈りとともに塩で身を清め、それから山頂へGo。

【自然林】

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 登山口からずっと、照葉樹の原生林が続いている。巨大な樹、細い樹、曲がりくねった樹、倒木、落ち葉、無秩序のなかに、しかし自然そのものを感じさせる不思議な秩序を感じさせる原初の森が広がり、厳かな気分にひたされる。

【稜線】

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 稜線に出てからは植生が変わり、岩だらけのなか、岩の隙間から細い樹々が立っている。

【山頂】

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 山頂に出れば、岩場となり、一挙に展望が広がる。
 山々は海まで連なって行き、その途切れるところに豆酘の港が見える。そして手前には今が旬のヒトツバタゴが咲き誇っている。

【天道大神神社】

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 下山したのちは、登山口の近くにある天道大神神社に寄ってみた。
 この神社は、対馬の天道信仰の祀りの場であり、ここでの御神体は竜良山そのものである。
 対馬の宗教は独特であり、その根幹であるところの天道信仰については、たいへん複雑な要素がからまり、何度テキストを読んでもよく分からないところがあるのだが、それは結局は対馬が複雑な歴史を持ち、その宗教も歴史の激動とともに変革を遂げ続けざるを得なかった、そういうことであろうと思う。
 宗教そのものについては難解なのであるが、天道を祀るこの古き神社は、ここに居るだけで、この地の力のごときものが伝わってくる、それをシンプルに感じられる、そういう静謐かつ荘厳な地であった。

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May 04, 2019

美女塚山荘@豆酘

【美女塚山荘】

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 対馬の霊峰白嶽登山をおえたのち、本日の宿「美女塚山荘」へ。
 対馬は人口が厳原に集中しており、それ以外はどこも辺鄙なとこばかりで、この山荘もまた他に何もないような辺鄙なところにあったけど、宿そのものはきちんと手入れのなされた真っ当な建物であった。

 この山荘の名、「美女塚」は、近くに「美女塚」があることに由来する。「美女塚」には悲しい伝説がある。詳細は省くが、かつてこの地、豆酘に住んでいた鶴王御前なる美女が、そのあまりの美貌ゆえに悲惨な目にあい、自ら命を断つときに、「美女に生まれたばかりに私はひどい目にあった。こんな悲しい目に他の人があわないように、これから豆酘には美人が生まれないようになれ」と豆酘の地に呪いをかけた。それ以来、豆酘には美女が生まれなくなってしまった、とかいう幸か不幸かよくわからん結末を持つ伝説が残っている。もっとも他説によれば神はその願いを聞き入れず、その後も豆酘は安定した美女産生地であり続けたともいう。

 まあ、そんな何が何やらよく分からん伝説の地に立つ宿であり、そのせいか宿は主人のキャラが立っていて、面白い宿であった。

【美女塚茶屋】

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 食事はこの茶屋で取る。
 以前は食事処としても営業していたようだが、現在は宿泊者専用となっている。

【夕食】

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 対馬に来て分かったけど、対馬は全島リアス式海岸の非常に入り組んだ地形をしており、それは魚の宝庫、そして良港を持つことを意味する。さらには対馬にはすぐ近くの海に寒流、暖流が流れており、日本有数の良漁場である。
 それゆえ、美味しい魚が豊富にとれ、新鮮で質の良い魚が食い放題、といった感じであった。この宿も山の中にはあるけれど、近くに良港がいくつもあり、魚尽くしであった。
 そして食事中、話好きの主人が、客のあいだを回ってずっと喋り続けており、対馬のいろいろな話が聞けて楽しかった。

【豆酘観光】

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 美女塚山荘では早朝に近くの名所を車で案内してくれるサービスがある。私もそれに参加。
 対馬の岬をまわり、霊峰竜良山から流れる川の有難い水を頂き、そして神秘的な多久頭魂神社を訪れたりと、盛りだくさんのツアーであった。こういうことがないと、一生訪れることもないような地を巡ることができ、この宿に泊まる人は、参加必至のミニツアーであった。

 

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登山:対馬白嶽

【白嶽】

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 対馬は山の多い地、というか島がそのまま山となっている地であり、いたるところ山ばかりなのであるが、そのなかで最も有名な山が白嶽。対馬の山岳信仰の聖地として、霊山と崇められている山である。
 なぜ信仰の対象となっていたかといえば、山の姿を見れば一目瞭然。第一駐車場から見るその姿は、石英斑岩による白い岩峰を二つ空に突き立てた威厳ある姿であり、周囲の山々の盟主たる威容を堂々と誇っている。
 その山の麓にある登山口に向かって行ったが、この第一駐車場から道は狭くなり、けっこうな難路であって、苦労して登山口にたどり着くこととなった。

【登山道】

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 登山口にたどり着いてしまえば、そこからはよく整備された登山道が続いている。

【鳥居】

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 白嶽神社の鳥居から、白嶽への取りつきとなり、傾斜もきつくなる。
 この登山道を白嶽方向に登らず、そのまま真っ直ぐ行くと、厳原まで続く長い山岳縦走路となる。

【山頂下広場】

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 登山道はやがて、整備された広場へと出る。祠や狛犬等があり、この山が信仰の場ということがよく分かる。

【白嶽神社】

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 双耳峰の鞍部をいったん越えると、そこには白嶽神社がある。この鳥居から先は聖域となっており、出入りは禁止されている。
 白嶽そのものが、御神体となっているようであった。

【山頂から】

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 山頂に着くと、言葉を失う絶景が広がっていた。
 この山の山頂部は岩峰なので、視界を遮るものはなく、360度の風景を楽しめる。
 そして南方向には、厳原へと続く山並みが連なり、原生林の緑と白い巨岩が美しいコントラストを見せている。そしてその緑のなかに、ぽつんぽつんとヒトツバタゴの白い花が見えるのもまた良い。

【山頂から】

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 北方向には、双耳峰のも一つの峰が見える。巨大な岩塊である。
 そしてその奥には浅茅湾が広がり、対馬独特の極めて複雑な海岸線も見ることができる。

【岩のテラス】

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 山頂から下りてしばらくのところにある岩のテラスにも寄ってみた。
 ここも眺めが良く、そして間近に見る白嶽の岩峰の姿もまた迫力ある。

 

 対馬白嶽は九州100名山にも選ばれている名峰であるが、たしかに山そのものの姿が良く、そして山頂からの眺めは絶景であり、100名山どころか、もし九州から10座名山を選ぶとしたら、かならずノミネートされるべき名山に思えた。
 対馬は来るのはけっこう大変であるけど、この山に登るためだけでも来る価値ある、そういう素晴らしい山であった。

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May 03, 2019

登山:対馬御岳

【ヤマネコ注意】

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 対馬で一番有名なものといえば、ツシマヤマネコである。
 日本にいるネコの数は多かれど、野生種のネコは、このツシマヤマネコとイリオモテヤマネコの二種類のみであり、たいへん貴重なものである。それゆえ、ツシマヤマネコの保護を喚起するため、対馬には島中のいたるところに「ヤマネコ飛びだし注意」の交通標識がある。
 そのツシマヤマネコの生息地として自然林が保護されているのが、対馬御岳であり、この山はツシマヤマネコの住む山として有名だ。
 その御岳に登ってみることにした。

【滝】

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 御岳の登山道は地図を見ると、登山口からの周回ルートがあるので、それを使うことにした。
 まずは荒れた林道を進んでいくと、林道は途中で途切れていた。地図の破線はそこから山頂まで続いており、ここらへんから本格的な登山道になるらしかった。しかしそこに道らしきものはなく、地図を検討すると、それは沢を詰めていくルートになっている。
 激藪やナイフリッジなどがない限り尾根筋の登山道なら、道がなくともたいていは進んで行けるけど、沢筋の登山道って、きちんと整備していないと、途中で滝に当たって行く手を阻まれることがほとんどである。
 それゆえ大丈夫かいなと思いながら、道なき道を進んでいったら、案の定滝が出て来て通せんぼになってしまった。いちおう巻けるかどうか試して、右側の崖を登っていったけど、手がかり足がかりに乏しく、ギアがないと突破は無理のようであった。
 それでこのルートはここで諦め、登山口まで引き返し、もう一つのルートを使うことにした。

 教訓:地図は大事だけど、そこに書かれてある登山道は、いつ使われていたものか分からないので、完全に信用してはいけません。

【登山道】

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 鳥居をくぐって進むと、こちらはさっきと違って、よく整備された登山道である。

【ツシマヤマネコの森】

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 この山域は特定動物の保護林となっており、その特定動物とはもちろんツシマヤマネコである。

【島大国魂神社】

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 山頂近くに立派な社があり、登山口の鳥居はおそらくこの神社のものであったのだろう。

【対馬御岳山頂】

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 山頂に到着。
 樹木を保護しているせいか、山頂も樹々が生い茂っており、展望はあまり良くなかった。

 下山は往路をたどり、またツシマヤマネコの森を通って行った。
 ツシマヤマネコ、少しばかり出会えるのを期待していが、姿はおろか鳴き声さえ耳にすることはなかった。ツシマヤマネコって、絶滅危惧種であり、今対馬には80頭くらしか生息していないそうだから、それも当然なのだろうけど、保護対策がうまくいって、かつてのように対馬のいたるところにツシマヤマネコがいる、そういうことになってもらいたいものだ。

【厳原にて】

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 下山後は厳原の宿へ。
 夕食は近くの居酒屋「だいぜん」で。
 対馬は漁港ばかりの島であり、魚も当然豊富に獲れる。それゆえ、本日は海の幸をふんだんに味わうことにした。新鮮な刺身に、対馬産が最も美味しいとされるノドグロ。
 対馬、美味しい。

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ヒトツバタゴ@対馬鰐浦

 GW中に咲く花を求めて、あちこちを旅しているのだが、今回の長期休暇を利用して、一度行きたかった対馬のヒトツバタゴ大群生地を訪れることにしてみた。
 ヒトツバタゴは大陸系の樹木で、それゆえ大陸に近い対馬に自生しており、とくに鰐浦地区にはその大群落があって、開花の時期である5月初旬には、山そのものが白く染まることで有名なのである。

 その対馬、車で行くとけっこう大変であった。
 博多筑港からのフェリーは夜の12時に出港して、朝の5時に対馬の厳原に着くという、何やら使いにくい時間帯。もっとも、これは搭載している車の大半が荷物運搬のトラックであって、トラックは市場が開く前の早朝に配送を行う必要があるゆえ、こういう時間になっているようだ。私はそれに便乗しているわけで、文句は言えない。

【対馬の夜明け】

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 というわけで、夜が明けぬ前に対馬の港に着き、それから対馬の北端近くに位置する鰐浦を目指す。途中、対馬を上下に分ける万関橋あたりで夜が明け、いい夜明けの景色が見られた。

【ヒトツバタゴ】

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 鰐浦に着く頃には夜もすっかり明け、青空が広がっていた。そして国道382号線から鰐浦地区に入ると、いきなり山肌を白く染めるヒトツバタゴの姿が見えた。

【ヒトツバタゴ】

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 鰐浦港をヒトツバタゴを見ながらしばし散策したのち、この地区を一望できる韓国展望所に移動。
 ヒトツバタゴは野生では、生育できる地区が限られているようで、岬の突端近くと、海に近い部位を好んで咲いているようである。

【ヒトツバタゴ】

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 続いて、もう少し近くで鰐浦のヒトツバタゴを見られる「ヒトツバタゴ展望所」にと行ってみる。
 新緑のなか、白いヒトツバタゴが印象的である。
 ヒトツバタゴはいくつかの別名を持っており、その一つが「ウミテラシ」。花が満開の頃、鰐浦の湾はこの花の照り返しで白く輝き、湾外から港を目指す船にとっての分かりやすい道標となっていたらしい。その別名通り、海を照らすかのような鮮やかな白い花であった。

 ヒトツバタゴは対馬の島全体で見ることができたけど、このように大群落を作っているのは、この鰐浦一ヶ所であり、よほど条件が良いのであろう。貴重な存在である。国の天然記念物になっているのもよく分かる。

【ヒトツバタゴ】

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 ヒトツバタゴは対馬を代表する樹なので、街路樹や、民家の植木にも使われている。
 民家のものはよく手入れされているので、樹勢もよかった。そのうちの一本の近接影を参考までに紹介。
 樹全体が白い花で覆われ、まるで雪の時期の樹氷のようにも見える。

【高麗山登山口】

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 鰐浦のヒトツバタゴを見たあとは、対馬上島の山を二つ登る予定にしていた。
 そのうちの一つが高麗山。
 鰐浦地区の近くにあり、ここに登ると、鰐浦地区が一望できるはずで、ヒトツバタゴのさらなる良い眺めが経験できるであろうという目論見である。
 しかしながら登山口に着くと、自衛隊による「この山は自衛隊施設があるため立入りはご遠慮ください」の看板があった。登山の一般的ガイド本である山渓出版の「分県登山ガイド 長崎県の山」によれば登山可のはずなので変に思ったが、警告を無視して登るわけにもいかず、ここはUターンして、次の目的地、対馬御岳へと行くことにした。

 

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May 02, 2019

映画:アベンジャーズ・エンドゲーム

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 10年近くにわたって続けられてきたハリウッド大作映画シリーズ、「アベンジャーズ」の最終章。
 アベンジャーズはキャラが多く、それによって派生した作品も多いので、全部は見ていないものの、主筋はアイアンマンとキャプテンアメリカが動かしており、彼らが出ている作品はだいたい見ているし、なにより直接の前作インフィニティ・ウォーも見ているので、本作品も事前学習なくとも問題なく見られると思っていた。

 ところが冒頭近く、全然知らない人物が宇宙空間にド派手に現れ、それが神のごとき超常的パワーの持ち主であり、「いったい、こいつは何者なんだ。こいつが最初から登場していれば、サノスなんて鎧袖一触じゃなかったんかい」とか思ってしまい、上映中ずっと気になってしまった。
 あとでパンフレットで確認すると、それは宇宙の英雄キャプテン・マーベルで、前作の最後でニック・フューリーが助けを求めるためにポケベルで連絡をとった人物その人なのであり、きちんと伏線が張られていていたのであった。しかし映画「キャプテン・マーベル」はつい最近上映まで上映していたけど、インフィニティ・ウォーにつながる作品とは思えず、食指がうごかず見逃してしまっていたのは残念。あれ見ていれば、彼女が登場したとき、待ってました、とのカタルシスが得られたのに。

 そういうわけで冒頭は躓いてしまったけど、3時間かかるこの大作、見どころ、見せ場がずっとスピーディに続き、たいへん楽しく見させてもらった。

 

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 以下の感想、少々ネタバレあり。

 

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 この映画の前半は失われたアベンジャーズを復活させるための、生き残りのメンバーによる冒険談である。それは単なるバトル、知力戦に留まらず、それぞれのメンバーの人生をたどるものであり、静かな感動を呼ぶシーンに満ちていた。
 とりわけ、ブラック・ウィドウの物語。改造人間であるブラック・ウィドウは一般人からすると最強レベルに強いのであろうが、超人ぞろいのアベンジャーズのなかにあっては最弱レベルであり、あんまり役に立っているようには思えなかった。しかし彼女にはその知能と責任感によって、生き残りのメンバーのなかで最も精力的に仕事を行い、そして重大な役張りを果たすことになる。
 アベンジャーズのなかにあって端役であるブラック・ウィドウに、スカーレット・ヨハンソンのような大女優を使うことに私は違和感を感じていたが、しかしこれほど重要な役に成長するなら、それは正しい選択であったことが分かった。・・・しかしながら、スカーレット・ヨハンソンの代表作がどうやらアベンジャーズになってしまいそうなのはいかがなものかとも思ってしまう。「真珠の耳飾りの少女」で有名になったころの彼女が、こういう方向に進むなんて全然予想できなかったなあ。

 そして物語の後半、苦難のすえアベンジャーズが蘇り、勢ぞろいして、リーダーであるキャップの号令、「アベンジャーズ集合!」のもとに始まる大バトル、これは迫力満点であった。とりわけ、ワンダとサノスのタイマン、「ワンダってこんなに強かったのか」と感嘆してしまうほどの圧倒的パワーを見せ、アベンジャーズではキャプテン・マーベル除くと、じつはワンダが最強なのでは、と思ってしまった。まあ、ワンダが叫んでいたごとく、あれはワンダがキレたから強さが増強したらしきせいもあるみたいだが。
 やがて戦闘が続き、敵の強力兵器にアベンジャーズが押されるなか、キャプテン・マーベルが雲のなかから突如現れ、登場するやとんでもない無双ぶりを発揮する。この人ひとりいたらアベンジャース必要ないんあじゃね、って思うくらいの強さで。しかしキャプテン・マーベルって、なんでいっつも遅れてやってくるのだろう?

 などなど思ううち、やがてサノスとアベンジャーズの物語は解決に向かう。前作で、ドクター・ストレンジがトニーに謝って「There was no other way. これしか方法がなかったんだ」と言って消え去ったが、たしかにそういう方法にて。それにしてもこのシーン見て、インフィニティ・ウォーを思い返し、これが唯一の解決法かよ、ひでぇ話だな、ドクター・ストレンジってなんてひどいやつなんだ、そりゃ謝るわけだ、とか思ってしまった。さらにはなにか他に方法がありそうに私には思えた。それこそ、キャプテン・マーベルがいるだろう、というふうに。ただし、そういうのは誰でも思いつくことであり、ドクター・ストレンジの言を信じるなら、ドクター・ストレンジはそういうのを当然含めて、無限に近い選択肢を試したのち、サノスに勝てるには結局あれ一つしか見つけられなかったわけで、まあ仕方なかったのだろうなあ、と無理に納得した。

 大対決が解決したのちは、アベンジャーズ個々の物語に移る。
 映画は、アベンジャーズの主要人物、―冒頭のポスターに出ている者たちのエピローグを語る。それは彼らの人生を語りきっていたり、あるいは新たな人生の幕開けを告げたりで、この10年間彼らにつきあっていた観客として、胸に迫って来るものがあるいいシーンの数々であった。

 莫大な費用をかけて、良い脚本を練り、一流の役者を雇い、そして最新レベルの映像を撮る。まさにハリウッド映画の見本のような映画であり、存分に楽しめた。
 平成の時代、映画の技術は革新的に進歩したが、令和の時代を迎えて、さらに面白く、楽しい映画の数々を経験していきたいものだ。

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 アベンジャーズ・エンドゲーム 公式サイト

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May 01, 2019

令和元年初日は高塔山から昭和の象徴若戸大橋を眺めてみる

 出雲大社参拝を終え、その夜は12時の改元のカウントダウンの番組を見ながら、改元を祝う。平成改元の時は、全国が粛々とした雰囲気のなかであり、こういう祝賀ムードは一切なかったので、今回の改元のための法改正実行はよかったと思う。

 さて、その翌日の令和元年初日の登山は、平成を象徴する何かをテーマにしようと思ったが、まさか雲仙の平成新山に登るわけにもいかず、さりとてそれ以外ろくなものが思い浮かばなかったので、発想を変換して、昭和の象徴をテーマにしようと思った。
 昭和を象徴するものなら、すぐ近くにそれらしきものがあったこともあり。

【若戸大橋@洞海湾から】

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 北九州市、若松区と戸畑区を結ぶ若戸大橋は、昭和37年に完成した。
 当時は高度成長期の始まりであり、日本中元気があり、北九州市も重要な工業都市として発展していた。その時代に築かれた全長627mの長大な橋は、日本の技術の粋であり、東洋一の規模を誇るものであり、興隆する日本の象徴でもあったのである。
 その後日本は産業構造が変化し、北九州は凋落していき、若戸大橋もその誇りある地位を失っていった。
 長い時間の流れのなか、人も都市も建造物も、その運命に従って変わって行くしかない、そういう無常というものを見せてくれる、美しく大きな橋である。

【若戸大橋】

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 若戸大橋のビューポイントはいろいろあるが、一番は高塔山の展望所からのものとされている。たしかに間近に全貌が見られるところはここしかない。
 半世紀以上、昭和と平成の時代、北九州の物流を支え続けて来た働き者の橋である。

【玄海自然道】

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 高塔山は標高124mの低山なので、それだけ登るのも物足りず、玄海自然歩道を使って石峰山まで行ってみることにした。
 ここは途中の健康峠。ここを通ると、健康になれるそうだ。

【石峰山山頂から】

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 石峰山山頂からは、洞海湾の向うに、皿倉山が見えるはずだが、本日は雲がかかっており見られなかった。

【稜線】

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 石峰山からは藤の木駅方面に下山。
 駅からは今歩いた稜線の全体像が見られる。
 藤の木駅は、かつて筑豊炭田から若松港に石炭を運ぶ貨物列車が数多く走っていた筑豊本線の駅である。時代の流れとともに、筑豊は閉山となり、貨物列車も走ることはなくなり、この駅も静かな無人駅となっている。

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April 30, 2019

平成最後の日は、出雲北山を縦走して、出雲大社参拝

 平成31年4月30日は平成最後の日である。それで何かそれにふさわしい登山をしようと思い、出雲の山を登ったあと出雲大社に参拝するという計画を思いついた。うまい具合に出雲大社は裏に弥山という山があり、そして弥山は出雲北山山系に連なっているので、その山系の入り口から登って弥山で下りると、ダイレクトに出雲大社に参拝することができる。
 ということで、出雲北山へGo。

【出雲大社駅 「はたでん」】

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 出雲大社まではまずは車で行き、それから出雲大社駅の「はたでん」に乗って、登山口の位置する旅伏駅へ行くことにする。
 この「はたでん」は地元の私鉄「一畑電車株式会社」の運営する鉄路であり、島根のようなところで私鉄が維持できていることに感心してしまった。そこにはいわゆる「地元の人と企業の血のにじむような努力」があるのだとは思う。九州なんて、純粋民間資本の私鉄は福岡にしかないのだから。

【旅伏駅】

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 乗り換えを挟んで旅伏駅に到着。なんだかけっこうな距離を移動してしまった。これは歩いて戻るの大変そう。

【登山口】

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 旅伏駅からの出雲北山縦走は金山の中国自然歩道を使うのが普通だけど、地図をみると、その一本手前の尾根に登山道を示す破線があったのでそれを使用してみた。これは登山口の鹿除けゲート。弥山で下りたところの登山口にも同様のものがあったので、出雲北山は鹿の多い山のようだ。

【登山道】

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 林道を歩くうち、その道は尾根から外れていくので、途中で尾根によじ登り尾根を行ったが、そこはもはや登山道として使われてないらしく、道は相当に荒れていた。どうやら先の林道をそのまま行くのが正解だったようだ。

【宍道湖方面】

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 この尾根は南側が切り立っており、それで眺めはよい。
 山陰の名所、宍道湖を望むことができた。

【ギンリョウソウ】

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 荒れた林を歩くうち、ギンリョウソウを見つけた。
 さほど珍しいものではないけど、その色、姿が独特すぎるので、見つけるとやはり嬉しくなる。

【一本松】

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 荒れた登山道は一本松手前で自然歩道と合流。ここからは歩きやすくなる。

【旅伏山山頂】

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 最初のピークは旅伏山。この山はよく整備されていて、視界は開けている。

【鼻高山】

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 出雲北山縦走は標高ほぼ0mのところから、最高地は536mまで登るコースであり、ここがその最高地。登る高さはたいしたことないと思えるけど、じつは縦走路はピークがいくつもあり、その傾斜が急であることもあって、かなりタフなコースであった。

【激坂解説】

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 それぞれのピークはなだらかになってなくて、傾斜がきつく、特にきついところを解説したものがあった。

【出雲ドーム】

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 縦走路を行くとき、樹の合間から出雲平野が覗くが、そのなかで最も目立つのは出雲ドームであった。

【弥山山頂】

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 いちいち数えてはいなかったが、とにかくけっこうな数のピークを登り下りし、ようやく最後のピーク弥山に到着。弥山という名の山は日本中いたるところにあるけれど、元の意味は「世界の中心」であり、出雲大社の裏に位置するこの山は、その名にふさわしいと言えよう。もっとも、弥山(=須弥山)の概念は仏教によるもので、神社との整合性についてはなかなか微妙なものがある。

【出雲大社】

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 その弥山山頂から、本日目指す出雲大社を見下ろす。大鳥居につながる、こんもりした森が出雲大社である。

【出雲大社】

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 弥山から下山すると、すぐに出雲大社に到着。本日のゴールである。旅伏駅からおよそ17kmの行程であった。
 ここで、参拝をして、本日のミッション終了。

 

 明日からは平成を離れ、令和の日々を過ごすことになるわけであるが、時が過ぎたとき「元号が変わる一日前、平成最後の日は何をやっていただろう?」と思い返すことがあると思う。その時、平成最後の日はこういう印象的なことを行っていたので、「あ、そうだ。出雲大社に登山参拝をしたんだ」と容易に思い出すことができるであろう。
 本日のミッションは、令和を生きる将来の私にとっての、良き贈り物となったはずである。

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April 29, 2019

寿司:鮨とみ田@出雲市

 島根県の寿司店ではたぶん最も有名な店「とみ田」を訪れてみた。
 この店は相当前から江戸前スタイルの鮨を出し、当時の中国地方では珍しい存在であったので、一度は訪れてみたかったものの、島根を訪れる機会が乏しく、今回が初めての訪問となった次第。

【出雲三種の酒】

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 出雲は酒どころであり、良い日本酒を製造していて、それらを飲み比べ。

【ノドグロ】

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 出雲は良港があるので、店の素材はもっぱらそこから仕入れている。
 これは立派なノドグロ。酒も進む。

【鮨】

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 鮨も当然、地獲れの魚を主に使ったものが出て来る。
 握りはこぶりで、ネタにはあらかじめ味をつけて出されてくる。
 これらの鮨は、きつめの酢〆やヅケ等のコテコテの江戸前鮨ではなく、新鮮な素材の良さを生かして店主流にアレンジしたものであった。

 店主は広島で江戸前鮨を習い、それから平成4年に出雲に店を出した。当時は江戸前鮨は地元にはなかなか受け入れられなかったが、店主は適宜改良を重ね、今ではとみ田流といってよい独自の鮨をつくりあげ、観光客のみならず、地元でも人気の寿司店となっている。それゆえ、店は地元の人、観光客、あるいは出張中の人達でにぎわっていた。

 出雲にとみ田ありと言われていた店であるが、そのとおりの良い店であった。

 

 

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新緑の三瓶山@島根

【北の原駐車場から三瓶山を見る】

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 GWの前半は天気が不安定で、3日目は全国的に雨との予報であり、たしかに起きると外は雨が降っていた。それで本日は山には行かず、世界遺産の石見銀山にでも行こうかなと思って車を走らせていたところ、だんだんと雨が上がって来た。
 となると、この近くには中国地方を代表する名山「三瓶山」がある。ダメ元で登山口まで行ってみようと行き先を変更した。
 北の原の登山口に着くと、山そのものはすっぽりと雲のなかにあったが、いちおう雨は降っていない。ならば滅多に来るところでもないので、登ってみようと登山開始。

【姫逃池】

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 登山口近くの池、姫逃池。
 新緑の季節であり、芽生えたばかりの緑が瑞々しい。

【登山口】

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 姫逃池コースから登山開始。
 三瓶山はよく整備された山であり、たくさんの登山道を持っており、うまくいけば男三瓶山と女三瓶山を周回できそうだが、あの雲の状態ではたぶん無理だろうなと予想する。

【自然林】

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 三瓶山は自然林がよく保存されていて、森林浴気分での登山が楽しめた。

【男三瓶山山頂】

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 三瓶山の最高峰の男三瓶山山頂に到着。
 下から見ていたとき、ここは雲のなかであったが、着いてもやっぱり雲のなかであり、視界は利かず、そして暴風が吹き荒れていた。標高1000m以上はまともに行動できる状況でないので、女三瓶山まで行くのはあきらめ、写真を撮って、さっさと退散することにした。

【三瓶山@浮布池から】

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 下山したのち、三瓶山近くの観光名所浮布池に寄って、展望所から三瓶山を眺める。
 先ほどより雲が上方に上がり、全体像らしきものが見えていた。
 火山特有のなだらかな円錐形の峰を連ねる、形の麗しい山系であり、これはぜひとも晴天の日に登りたいと思った。
 宿題を一つかかえ、平成最後の日を過ごすべく、次は出雲へと向かった。

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April 28, 2019

カタクリの道 右谷山南尾根~寂地山@山口県岩国市

 寂地山は、右谷山から冠岳にかけての縦走路がカタクリの名所であり、今の時期はカタクリロードとなるので、それを目当てに登ることにした。
 前回雪の時期に寂地山を登ったときは寂地峡~寂地林道の周回コースを使ったけど、今回は右谷山にも登りたいので別のコースを考える。地図をみると右谷山の南尾根に破線が引かれており、この道を使うと寂地峡駐車場を起点として周回できるので、南尾根を使って登ることにした。

【登山道(?)】

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 駐車場から舗装路をしばし歩き、登山口らしき所から山に入りこむ。すると登山道に続くと思われた踏み跡は沢に消えてしまったので、方向を無理に変え山側に乗り上げると、登山道らしき道を見つけた。
 しかしその道は草に埋もれ、ここ数年まったく使われていない、つまりは廃道化していた。まあ、それでも登山口周囲が藪道でも進むうちまともな登山道になることもあるので、(天草念珠岳とか指宿矢筈岳とかみたいに)、なにはともあれ南尾根を目指して登っていった。

【無線アンテナ】

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 藪道と作業道を交互に行くうち、なんとか尾根に乗り上げると色褪せた赤テープがあったので、やはりかつては登山道に使われていた道と判明した。けれども尾根に入っても道そのものははっきりとせず、獣道を拾いながら登って行くうち、ちょっとした岩場があって、そこに登ると、無線アンテナがあった。 まだ新しく現役のようであるが、山頂ならいざしらず、このようなところに重い無線機を持ってきてCQCQする人がいるらしきことに不思議感を覚えた。

【登山道】

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 南尾根は最初の標高909mのピークに来ると、踏み跡がはっきりしだしてきて、どうやらこのあたりからどこかの登山道と合流しているようであり、歩きやすくなった。

【登山道】

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 標高1000mを越えると植生はブナ林となって、明るい自然林となるので雰囲気がよくなる。そして林間から遠くに目指す右谷山が見え、これで右谷山に着けることが確実になり、ほっとした。

【右谷山山頂】

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 そしてようやく右谷山山頂に到着。
 ここまでで登山はお腹いっぱいもう結構という感じであるが、ここからがカタクリロードの始まり、本番である。
 山頂には一人昼食休憩している人がいて、藪から突如山頂に現れた私を見て、「そこから登れるんですかあ」と驚いたように言ってきた。私は「登れるといえば登れるのですけど、登れないといえば登れません」と曖昧に答えておいた。

【カタクリロード】

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 右谷山から寂地山までの縦走路は、両脇にカタクリの花々が咲くカタクリロード。
 淡い赤紫色の花片を勢いよく後方に反り返らせたカタクリの花は、見ていて元気の塊のようであり、こちらにもなにかのパワーを与えてくれるようで快活な気分になれる。そういう気持ちのよい縦走路がずっと寂地山まで続き、ぞんぶんにこの希なるカタクリロードを楽しめた。

【寂地山山頂】

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 寂地山山頂でいったんのゴール。ここからはカタクリと別れて寂地峡への下山となる。たくさんのカタクリの花も見られたし、不思議物件も見つけたし、ルートファインディングに苦労もしたし、いろいろと盛りだくさん、充実の寂地山登山であった。

【大滝鳴滝温泉】

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 下山後は北広島に移動し、大朝鳴滝温泉に宿泊。大朝インターから下りて山道に入っていき、終点地点に何やら廃墟のような建物が現れ、ここ本当に営業しているのかい?と思ったけど、入ってみたら昭和の古き良き雰囲気を残したロッジみたいな宿であった。老夫婦が切り盛りしている、手造り感濃厚な宿で、そして山菜を使った料理はよかったし、鉱泉の沸かし湯も気持ちよかった。この手のレトロな宿は、これから減って行く一方であろうし、貴重な宿泊体験ができた。

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April 27, 2019

ヤマシャクヤクの楽園 十種ヶ峰@山口市神角

 GWの長い連休は季節の花を求めて、山々を訪ね歩くことにしてみた。
 まずは以前から行きたかった十種ヶ峰のヤマシャクヤクを見に行くことに。

 ヤマシャクヤク自体は九州でもさほど珍しい花ではないけど、山口神角の十種ヶ峰にはその大群落があり、谷一面のヤマシャクヤクが乱れ咲くさまは壮観とのことで定評があるのである。

【登山口】

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 ヤマシャクヤクの旬ということで、登山口は賑わっていた。
 登山口正面に、長門富士と呼ばれる円錐型の十種ヶ峰が見える。

【登山道】

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 登山道には、ヤマシャクルートと名付けられている。
 あとで分かったけど、この登山道はヤマシャクヤクの群落地に入るため、けっこう強引な造りになっており、変化に富んでいて面白かった。

【ヤマシャクヤク】

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 登って行くうち、風景が開けると、そこはヤマシャクヤクの楽園。
 谷一面がヤマシャクヤクに埋め尽くされていた。こんな風景、たぶんここしかないであろう。

【ヤマシャクヤク】

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 ヤマシャクヤクは開く前の薄緑の饅頭みたいなのが可愛らしくて風情があるけど、もちろん咲ききった姿も華麗でよろしい。

【ヤマシャクヤク】

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 ヤマシャクヤクの群落は満開まではあと一歩というところであったが、それでも蕾から咲きかけ、咲ききったもの、いろいろと勢ぞろいしていて、それが花のダンスのようなリズムをつくっていて、見ていて飽きなかった。

【山頂】

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 ヤマシャクヤクの谷を抜けると、登山道は歩きやすくなり、そして視界の開けた山頂へ。
 中国山地の山々と、そして麓に今登って来た神角の村が見えた。

【田圃】

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 十種ヶ峰の登山道は一方通行の周回ルートとなっていて、下山時は田圃のなかを通る。
 ちょうど田植えが終わった時期であり、春ののどかさが、あたり一面に広がっていた。

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April 20, 2019

串揚げ 六覺燈@大阪市

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 出張で久しぶりに大阪へ。
 夕食は何にしようかと思ったけど、大阪の名物は串揚げ、ということで「六覺燈」へ。
 旬の素材を用いた創作系の串揚げ店であり、一般的な大阪串揚げとはイメージが少々異なる、繊細で優しい味付けの串揚げがお任せで次々と出て来る。
 この店はワインでも有名で、「ソムリエのいる串揚げ店」という、少々珍しい特徴を持っている。それを生かして、同じ系統の串揚げを数セットごとまとめて、それにあうグラスワインをペアリングしてくれると楽しそうなのだが、そういうことはなくて、串揚げは各々ランダムにやって来る。それで白、赤、それに日本酒をあらかじめて並べて、来た串揚げにあわせて飲むことにしてみた。野菜系、魚系は白か日本酒、肉系は赤という感じであわせてみたけど、どれも大吟醸が一番あっていたように感じで、串揚げってやっぱり和食なんだよな、と思った。

 一通り食べておおいに満足。
 やはり大阪の串揚げは、美味しい。

 

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April 15, 2019

ノートルダムの詐欺(?)男

【ノートルダム大聖堂@2017年夏】

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 一昨年の夏パリを訪れたとき、パリの観光名所であるノートルダム大聖堂を訪れようとしたところ、入り口の前に大行列ができていた。この大行列に並んで待つには、直射日光の照りつけるパリの夏はあまりに暑すぎ、私はあっさりと大聖堂のなかに入るのを断念し、まわりをぶらぶらと散策し、外の姿の写真でも取っていた。
 すると、中年の小太りの男性が話しかけて来た。
 こういう観光地で異国人が話しかけてきたら、それは詐欺師か物盗りかに決まっているので、普段は相手しないのだが、その人の姿が普通の観光客にしか見えなかったので、つい相手をしてしまった。
 私が日本から来たと言ったら、自分も横浜に建築家の知り合いがいるのでそこに行ったことがある、と返すので、横浜の印象はどうだったかと聞くと、まともな話は返って来ず、いかにもウソっぽかった。
 そして大聖堂には入らないのか?と尋ねるので、「この暑い中、長い時間待ってまで入りたくない」と言うと、「それはよかった。じつは私は入場チケットを持っている。本当はそれでワイフと一緒に来るつもりだったのだが、ワイフが体調が悪くて来れなかった。一枚10ユーロでいいから、一緒に入らないか」と言ってきた。
 ノートルダム大聖堂は、他の観光名所の教会と違って入場料はとらず、そのため無料なのはいいが、行列が大変だと、ガイド本には載っている。いかにもうさんくさい話なのだが、しかし10ユーロで本当に待たずに入れるなら、それはお得だ。
 それで私はその話に乗り、その男のあとについていったのだが、行列の先頭まで行くと、いきなり列の人の抗議の声を無視して強引に入り込んだ。ひえ、これは単なる悪質割り込みだ、これはそこにいる警備員につまみ出される、と私は思い、逃げる準備に入った。しかし男は警備員に何か話しかけると、警備員は入れ、という感じで入り口に腕を向けた。男は私について来い、と手招きしたので、列の人たちにすみませんねえと思いながら、男のあとをつけ、無事に大聖堂のなかに入ることができた。
 チケットなんてないじゃんか、でも入れたし、いったいどういう仕組みになっているんだろう、と私は頭に疑問符をいくつも浮かべながら、とりあえず男にMerciと言って、10ユーロ渡した。

 結局男がいかなるテクニックを用いたのか分らないが、まあ最初の契約通りに、10ユーロで大聖堂に私は入れたわけで、これは正常な商行為と言える。しかし、題名が「詐欺(?)男」となっているのは、このあとに余計な続きがあるからだ。

 大聖堂に入ったのち、男は大聖堂を案内してやるという。こういう怪しげな人物は、これ以上相手したくなかったので、No thank you、あとは私は勝手に観光しますと言うと、自分はガイドをするつもりだったのでガイド代を当てにしていた、それでは困るのでとりあえず5ユーロ払え、と言う。そんなもん最初から言えよ、とは思ったもの、異国の地で、たかが5ユーロでもめるのも面倒だったので、おとなしく5ユーロ払って、そこでお別れとなった。
 彼はまたたぶん同様の詐欺(?)を行うために、大聖堂の外に出て行ったであろう。

【大聖堂】

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   そういうわけで、5ユーロぶん不快な目にあって入った大聖堂であるが、荘厳にして煌びやかな空間、優美にして厳かな彫像の数々、そしてゴシック美術の粋を極めた薔薇窓、じつに素晴らしいものであった。

 そのノートルダム大聖堂、4月15日の失火により大規模火災が生じ、多くの部分が壊れてしまった。完全な復旧には一説によれば50年はかかるとのことである。そうなると私は一生のうちに、もうノートルダム大聖堂を見ることはない、ということになる  。あの時、うさんくさい話に応じ、大聖堂に入ったのは、もはや得ることのない貴重な機会をつかんでいたのだ。
 美しいもの、素晴らしいもの、それらはずっと在り続ける保証などなく、いつ失われてもおかしくないので、見る機会があるならすぐにでも行かねばならない、そういう普遍の教訓を改めて思い知った。

 そしてそれとともに、あの顰蹙なノートルダムの詐欺(?)男、じつは私の恩人であった。ノートルダム大聖堂焼亡の報を聞き、人生なにがどうなっているか、あとにならないと分からない、それもまた思い知った。

 

【炎に包まれるノートルダム大聖堂】

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April 13, 2019

アケボノツツジ@行縢山雌岳

 4月中旬、桜も散ったあと、アケノボツツジの季節を迎える。
 主に南九州の高山で咲く花、アケボノツツジはその花勢の豪華さから、ツツジの女王と称され、そしてその名にふさわしい絢爛たる佇まいを見せる。

 宮崎県北で一番先にアケボノツツジが咲くのは行縢山雌岳なので、好天の週末、登ってみた。

【登山道】

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 行縢山雌岳は展望が利かない山なので、人はたいてい雄岳の方に登り、そして私もそうなのであるが、この季節だけはアケボノツツジ目当てに登山者が増える。
 雌岳にはいろいろ登山ルートがあるが、今回は南尾根の直登ルートを使用。雌岳に一直線に登るルートなので、最も早く登ることができる。ただし、あまり使われていない登山道なので、藪は多いし、難所も多く、それなりの緊張を強いられる。

【登山道】

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 藪を越えると、下草の少ない尾根道となる。ミツバツツジが出迎えてくれる。

【ヒカゲツツジ】

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 雌岳山頂に到着し、東側に少々下りるとヒカゲツツジの群落がある。
 ちょうど花の時期であり、清楚な姿を見ることができた。

【アケボノツツジ】

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 雌岳の稜線上にアケボノツツジの群落があり、ちょうど満開の時期であった。
 アケボノツツジは他のツツジと異なり、葉が出る前に一挙に枝一面に花を咲かせる。そのため、樹全体がピンクの明かりを灯すシャンデリアのような姿となり、じつに豪奢で、美しい。
 それはまさにツツジの女王であり、そして山の女王と言えよう。
 今年も、登山者だけが得ることの出来る、贅沢な時間を味わえた。

 

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April 11, 2019

事象の地平線@ブラックホール撮影の快挙に思う

【世界初のブラックホール画像】

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 たとえばゴビ砂漠のような、何も遮蔽物のないような、だだっ広い平原に居て、ふと「地球に果てはあるのだろうか?」と思ったとする。
 それでまず遠くを見てみると、はるか彼方には地平線が広がっている。肉眼ではその性状は良く分からないので、望遠鏡を使って見てみる。それでもその地平線が果てかどうかは分からない。それでさらに高性能の望遠鏡を注文することにした。
 さてその高性能望遠鏡が届いたとして、「地球に果てはあるのか、あるならどういうものか」という疑問への解答は得られるであろうか。
 私たちは、地球は丸い、それゆえ視覚的には地平線から先は崖の下みたいなものである、ということを知っているので、たとえいかなる高性能の望遠鏡を得たとして、地平線の先からは何の視覚情報を得られないことを分っている。その試みは必ず徒労に終わるのだ。

 話をもっと壮大にして、「宇宙に果てはあるのか?」という深遠かつ難解な謎について考えてみる。これについては、「分かるわけない」というのが模範的解答なのであるが、ただし現在の物理学では「宇宙に果てはある」というのが正解になる。
 これはつまり先の地平線の話と一緒で、私たちが物理法則の下に存在している限り、観察範囲には限界があり、それ以上のものについては観察することは不可能なのであって、ということはそれらは私たちにとって存在していないに等しく、ならばその限界線が宇宙の果てなのである。これを「Event Horizon」、強引に和訳して「事象の地平線」と言う。

【事象の地平線:簡単な概略図】

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 なぜ限界があるかといえば、それは私たちの住む宇宙では、光速が一定であるという大原則があるからだ。そして情報の届く速さは、電磁波にしろ光にしろ、光速が最速であり、これ以上の速さで情報を得ることはできない。
 これをふまえて、宇宙の果てを観察しようとする。宇宙の果てとは、途方もなく遠いところにあるはずだが、その情報は光の速さで来る。星への距離は、光が一年で到達する距離で表すけど、1光年離れた星を観察すると、今見えているその星の姿は1年前の姿である。数億光年離れた星なら、数億年の姿だ。
 ところで宇宙には始まった年があり、それは138億年前であったと証明されている。そうなると138億光年離れた星を観察すると、それはまさに星が、宇宙が生まれたときの姿ということになる。そして、150億光年離れていた星なら、その星の光は宇宙に放たれ地球に向かっている途中であり、それを私たちは観測することはできない。
 つまり、138億光年で境界線が引かれ、ここから先を私たちは決して観察することができない。この境界線が「事象の地平線」である。-もっとも、以上は分かりやすく述べたので、じっさいは宇宙は膨張しているので、この距離はもっと長い。

 事象の地平線は、物理学において実質的に宇宙の果てであり、その先はどうなっているか全く分からない。その先には永遠に似たような宇宙が続いているのか、それとも進み続ければ元のところに戻って来る閉じた空間になっているのか、あるいはまったく別の物理法則の支配する世界が広がっているのか、いずれもあり得るのだけど、観察する手段がない以上、それらは単なる仮説に過ぎず、つまりは分かるわけない、ということになる。

 それから先まったく私たちの手の届かないところ、ということで、宇宙のロマンを感じさせる「事象の地平線」。これはもう一種類、宇宙に存在している。それが今回史上初めて撮影に成功することのできたブラックホールだ。

 ブラックホールはその膨大な重力によって、周囲の空間を歪め、近くのものを次々に引き寄せ、破壊し、飲み込む、宇宙の凶暴なモンスターである。その重力は、光さえも引き込むため、光は一方向にしか進まず、ブラックホールからは何の情報も得ることはできない。つまりブラックホールにも「事象の地平線」があり、その先は宇宙の虚無のごときものなのである。

 今回撮影に成功したM87星雲のブラックホールは、その存在が初めて示されたのは今から約100年前の1918年ヒーバー・カーチス博士の観察によってである。もちろんその当時にブラックホールという概念はなかったのだが、その星域に宇宙ガスが激しく噴出する現象を望遠鏡で発見し、何だかよくわからん現象が起きていると報告し、そして相当後にそれがブラックホールの星間物質破壊に伴う現象ということが判明した。

 それで、そこにブラックホールがあることは長いこと分かっていたのだが、なにしろ5500万年光年という遥かな距離にある天体ゆえ、詳細な観察は不可能であった。
 それを、今回世界約80の研究機関による国際チームが地球上の超高性能電波望遠鏡を集めまくって、口径1万kmという地球サイズの仮想望遠鏡を造り、そこで収集したデータから、ブラックホールの撮影を成功させるという快挙を成し遂げた。そして、そこにははっきりと、ブラックホールの名前そのものの、黒い穴が写っている。この穴の内側にあるのが、かの「事象の地平線」である。

 宇宙ファン、あるいはSFファンにおいて、「実在するけどそれ自体は見ることができない」存在であった「事象の地平線」を見ることができて、本当に感激ものである。

 この写真をこの世に出すために、膨大な努力と、莫大な費用をかけた国際チームにひたすら感謝。そして世の技術の進歩にも感謝。

 

 なお、私が「イベント・ホライゾン(事象の地平線)」という言葉を初めて知り、それについて調べたのは、「イベント・ホライゾン」というSF映画によってであった。「巨大宇宙船イベントホライゾン号が遥か彼方の深宇宙を探険していたらそこには地獄があって、その恐ろしい旅をくぐりぬけたのち無人の漂流船と化したが、突如海王星の傍に現れたので、それを調査に行く」という壮大深遠なテーマをもとに、多額の予算と多大な手間をかけて撮影された大作映画なのだが、しかし出来あがったのは、超絶B級スプラッター映画であった、というきわめて残念な映画であった。こちらの「イベント・ホライゾン」についても、いろいろと語りたいことはあるが、とりあえず今回は、ブラックホールの「事象の地平線」の感想にて終了。

 

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 参考図書 & DVD

 宇宙創成 サイモン シン

 宇宙に終わりはあるのか 吉田伸夫

 映画 イベント・ホライゾン 

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April 07, 2019

桜とSL @ある春の風景

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 国道219号線沿いに車を走らせて、球磨川沿い、堤防に良く植えられている桜を観賞。その途中、球磨村の丘がピンクに染まっていたので、立ち寄って行った。そこは桜の名所、球磨村総合運動公園で、今が桜の旬であった。
 丘の上に着き、桜の花びらが舞うなか、花盛りの公園を見ていると、近くの駅から大きな汽笛が鳴り響いて来た。それは紛うことなき、蒸気機関車の汽笛なのだが、そうか、肥薩線にはまだSLが走っていたのだと思い出した。

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 蒸気機関車は半世紀以上前に新規製造は終えていて、歴史の遺物的存在であるが、一部に熱狂的なファンがいることもあり、僅かな数が、現役として走っている。
 私のような中年にとっては、子供のころ蒸気機関車は普通に走っていて、それはうるさく、ガタガタ揺れ、煙をしょっちゅう吐くので窓も開けるのも困難な、デメリットだらけの交通機関というイメージであり、蒸気機関車に対してはなんら思い入れはなく、それらが次々に運行を停止していくのを、時代の必然と思っていた。
 ただ熊本では、SLはずっと前より阿蘇から熊本駅経由で人吉まで走っていた。SLはなにしろ馬鹿でかい汽笛を放つので、学生時代熊本にいた私は、線路に近いところに住んでいたわけでもないのに、ときおり響くSLの汽笛の音で、時刻に気付いていた。
 それで私にとって、熊本のSL-当時は「あそボーイ」と呼ばれていたーは、「音はすれども姿は見えず」という存在であり、姿を見たことがなかった。
 そのSLはいったん運行を終了したのであるが、その後修理を受けて現役復活。30年以上も前に走っていたものが、いまだにちゃんと動くのだから、蒸気機関車って頑強だなあと感心してしまう。まあ、産業革命時代に原理が作られたものだから、構造が単純で、メンテをしやすいのだろうけど。

 その音だけしか知らなかったSLが、30数年の時を経て、同じ音を立てて、走って来る。私は丘の上で、音のする方向を見つめていた。
 やがてSLは建物のかげから姿を現し、そして活発に黒煙を立てながら、桜の林のなかに入って行き、姿を消した。たなびく膨大な黒煙のみ残して。
 わずか数秒の光景だったけど、学生時代のことを思い出しつつ、私はいろいろと感慨にふけるのであった。

 

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April 06, 2019

登山:市房山@湯前

 今年は暖冬だったので、桜の開花が例年よりも遅れて、南九州では4月初旬が花盛りとなっている。(桜は寒くなることで、開花のスイッチが入る特徴を持っているので、暖冬ではスイッチが入り辛いそうだ)
 それで桜を見に登山に行ってみよう。といって、山にソメイヨシノはないので、桜の名所を訪ねての登山にしてみる。

【市房ダム】

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 熊本、人吉の桜の名所「市房ダム千本桜」。ちょうど桜まつりも行われていた。
 花の時期は、満開を少し過ぎたくらい。それゆえ、ダム周回の道路では風とともに桜吹雪が見られた。もうしばらくすると湖畔はピンク色に染まりそう。

【市房山登山道】

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 桜を見物したのち、市房山キャンプ場の登山口から登山開始。
 四合目の市房神社までは、樹齢1000年に及び「市房杉」と命名された巨大な杉が立ち並ぶ、荘厳な雰囲気の参道である。
 歩いていて非日常感を味わえる道であるけど、本日は気温が初夏なみに高く、風の吹かない林間の道はとにかく暑くて参ってしまった。今シーズの春は、気温の変動が激しくて身体がなかなかついていかない。

【市房神社】

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 四合目の市房神社からは、道は本格的な登山道となる。標高が高くなるのと、風が吹くので、ようやく暑さからは逃れることができた。

【登山道】

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 市房山の花といえば、ミツバツツジとアケボノツツジで有名だけど、まだ時期は早く、ミツバツツジがぽつりぽつりと咲いているのを見るくらいだった。しかし、馬酔木はちょうど満開であった。

【市房山】

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 尾根筋はずっと急傾斜であったが、稜線に出ると傾斜はゆるくなり、目指す市房山の姿も見えてきた。

【市房山】

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 徐々に高度を上げて行き、山頂に近付いたころ、「人吉かめさん」による「山頂まで5分」の標識が。
 九州の多くの山の山頂近くには、「人吉かめさん」によるこの標識が設置されており、九州の岳人は皆知っている存在なのであるが、それで「人吉かめさん」とは何か?というと、じつは知られていない。山岳会なのか、個人なのか、登山グループなのか、はたまた山頂近くの標識には「人吉かめさん」と一言付ける謎ルールが九州にはあるのか。

【山頂】

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 などと「人吉かめさん」について考察しながら歩くうち、ひょっこりと山頂に到着。
 ここからは360度の見晴らしよい風景を楽しめる。とくに本日は快晴なので、九州脊梁山地の山々、霧島の山々、存分にその雄姿を楽しむことができた。

【マンサク】

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 山頂近くにはマンサクがちょうど満開の時期であった。この鮮やかな錦糸卵様の黄色は、青空のもとだと特に映える。

【心見ノ橋】

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 市房山は、このチョックストーンの「心見ノ橋」も名物。山頂のすぐ近くにある。
 「これを渡れない人は、心が汚れている」とのことで心見の橋と名付けれれているのであるが、そういうことを言ってると、高所恐怖症の人はみな心が汚れていることになってしまい、なかなか微妙な命名の橋なのである。

【市房山】

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 市房山は以前は二つ岩経由で周回できたけど、10数年前の台風で登山道が崩れてしまい現在は通行禁止となっている。私が、30年以上前にそこを通ったときは、二つ岩周囲は延々と小ピークが並ぶ、疲れる道であったけど、眺めはよく楽しいルートであったと記憶している。しかし、それも今は不可能。
 山って、登れるうちに登っておかないといけないなあ、と改めて実感。

 それで下山は登って来た道をそのまま戻っていった。
 登山口に着いてから後ろを振り返る。市房山は、青空のもと、どっしりした威容を示していた。

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April 01, 2019

新元号「令和」に思う。

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 五月からの新元号が「令和」に決まった。
 良い元号だと思う。

 出典は万葉集の梅花の宴序からとのことで、この文がまたいい。
 「天平二年正月十三日、師の老の宅に萃りて、宴会を申く。時に、初春の令月にして、気淑く風和ぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫らす」
 万葉集中の有名歌人にして有力政治家の大伴旅人の邸宅で行われた、梅の花を囲んでの宴、それについて記した文である。当時大伴旅人の住んでいたところは大宰府であり、大宰府は梅の名所であるが、当時から梅の名所だったようだ。
 庭いっぱいの梅が紅白それぞれ爛漫と咲き誇り、周りは梅の香りに満たされ、招かれた客人たちはその美しき景色を愛でながら、おおいに歓談し、飲み、騒ぎ、楽しむ。記録者は、この素晴らしき時を、「もし翰苑にあらずは、何を以ちてか情を述べむ」 ―私たちに文字が、文学があるのはなんと有難いことか、この喜びの時を表現する術をもっているわけだから、と述べる。そして古の人は梅についておおいに詩を書いた。我々もそれにならって梅を題材に和歌を読もうではないかと続け、このあと客人たちが読んだ三十二首の和歌が並んでいる。

 古の人とは、古代中国人のことであり、四世紀ころのことを言っているそうだ。梅花の宴が開かれた天平二年は8世紀なので、400年の時を経ての、文学のつながりがある。そして、現代21世紀の日本の元号に、この序文からの言葉が使われたので、1300年の時を経て、また文字がリレーされたのだ。
 記録者(おそらく山上億良)が言うとおり、文字そして文学というものはまったく有難いものであり、これがある限り、文化というものは連綿と受け継がれていく。この伝統を我々は大事に紡いでいきたいものである。

 なお、「令和」という元号には、「美しい調和」という意味が込められており、まったくこの時代、世に調和、そして平和がもたされてもらいたいものだ。
 ただ万葉集の序が書かれた背景を思うと、そこは含蓄に富んでいる。あの時代は、大和朝廷の政治が不安定化し、藤原氏が実権を握るため、朝廷は権謀術数うずまく争いの場と化し、多くの権力者が血を流しあっていた。
 そして大宰府というのは、中央政府からの一種の避難所になっており、そこは政争のない、平穏の場となっており、だからこそ閑雅な梅の宴も開くことができた。ただその分、中央には影響力もなく、有力者たちは無聊をかこつ歯目になり、かつての要衝大宰府は僻地扱いされていった。
 「令和」の時代は、世界はいよいよ混沌となり、各地の争いは激化するのが必定である。その嵐の吹くなか、いかにして本邦は、平和でありえるか。大宰府方式で行くか、あるいは他の手でいくか。これまで以上に知恵が要されるのは間違いない。

 

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March 31, 2019

大善自然公園@延岡六峰街道

【六峰街道からの眺め】

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 九州脊梁山地の稜線を走る六峰街道は、その景観の良さから、ドライビングやツーリングコースとして有名だけど、その街道を走っていると、ETOランドの近くに「大善自然公園」の不自然なまでに立派な門が、誰しも目につく。
 この門、その扉は固く閉ざされており、中を窺い知ることは出来ず、ここはいったい何の施設なのか誰しも不思議に思う、延岡最大のミステリースポットとして、「大善自然公園」はあり続けていた。

【大善自然公園】

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 で、その「大善自然公園」の正体は何か?というと、じつは名前の通り、公園そのものなのである。ただし、一般の「公園」とは異なり、その成り立ちはかなりロマンがある。
 他県在住のとある資産家氏が、自分の理想とする公園を建設しようと思い立ち、九州のいろいろな土地を探したところ、延岡の山奥にそれを見出し、広大な敷地を購入して、そこに多額の費用を費やして整備を続けた。ある一人の理想を追い求める男の、情熱の産物なのである。
 そして、その構想はとても雄大であったため、完成には数十年の歳月がかかったのであるが、ようやく理想形の完成に近づいて来た。そしてオーナー氏は身近の人にのみ公園を開いていたのだけど、延岡にとんでもない公園があるという情報を得た宮崎県北の観光促進NPOノベスタが動き、オーナー氏の御好意を得て、一般の人にも公開するプレオープンが行われることとなり、物見高い人たちがそれにわらわらと応募して、公園内に入る、ということができた次第。私もその物見高い者の一員として、延岡の秘境に在る、驚異のワンダーランド「大善自然公園」を訪れてみました。

【駐車場】

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 白い象が守る門をくぐると、すぐに駐車場がある。そのとんでもない広さにまず驚いてしまう。

【徒歩隊】

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 今回の参加者は、歩いて散策する人たち20名と、自転車で全体を回る10名の計30名。オーナーの解説を受けながら、まずは徒歩隊が出発。

【自転車隊】

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  徒歩隊に引き続き、自転車隊も出発である。道路は基本的に舗装はされていないので、マウンテンバイク使用。

【山神社】

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 公園内には、和から漢までいろいろなものがあるけど、最初は「山神社」がお迎え。

【林道】

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 林道は整備されて走りやすい。

【幸運の門】

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 幸運の門をくぐると、幸運になれるアイテムがいっぱいそろっています。

【幸運の玉】

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 巨大な御影石を磨き上げた「幸運の玉」。なでるとなんかいいことがありそうで、みななでています。

【七福神】

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 幸運の場なので、当然七福神もずらりと並ぶ。

【池、滝】

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 地形を上手く使って、滝と池を造成。
 オーナー氏がこの地を選んだのは、この山域で、水が十分に流れているのはここだけだったからということである。

【ほたる池】

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 清冽な水を生かして、蛍の養殖も行われている。
 6月下旬には公園内を蛍が飛び交い、それはきれいだそうだ。

【モミジの園】

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 たくさんのモミジが植えられた園。
 公園内にはモミジの樹が多く、秋には見事に染まるそうだ。それで、ノベスタは秋の訪問も企画しているそうである。
 このモミジ園の上方には、「古代中華テラス」とでもいうべき庭園があり、始皇帝の巨大な像が見えている。

【漢城へ】

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 石灯篭に誘われ漢城門への坂を登って行く。

【漢城門】

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 兵馬俑の武士俑が守る門。その奥にも武士俑や、戦車、馬の像がずらりと立ち並ぶ。

【桃園の誓い】

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 入ってすぐに、三国志の「桃園の誓い」の場面を表した像がある。

【始皇帝像:下の画像はノベスタ撮影】

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 その向かいには、始皇帝の巨大像。始皇帝が先の劉備、関羽、張飛像を見守る、という意匠らしい。
 この庭園は見晴らしがよく、腰かけ、テーブルも用意されており、休憩するのにもってこいの所である。

【展示館】

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 先ほどのモミジ園に戻り、この建物に入ってみる。この建物は、一種の秘宝館であり、たいへん珍しい宝物が納められているのである。

【剥製群】

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 建物のなかには、パンダの剥製。現在では国際条例でパンダの毛皮や剥製の輸入は禁止されているので、もう新品は日本に存在しない、という貴重なものである。他にも虎、白熊、狼等の剥製。これらもまた珍しいものである。
 延岡の山奥に、こんな秘宝が隠されていたのだ。

【林道】

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 昼食休憩後は外周の林道を自転車走行。道がラフで、傾斜も急なので大変。
 ノベスタとともに公園訪問を企画したミッチー氏は、コースが面白いので、いずれこの地でもサイクリング大会を開きたいとのことであった。

 

 大善自然公園は、オーナー氏が高齢なので、いずれはこの公園を公的機関に譲渡して、みんなで楽しめるものにしたいとの希望をもっている。その最初の候補は当然延岡市ということになるのだが、維持費が年間数百万円かかることから、貧乏自治体の延岡市としては二の足を踏んでおり、それで他の自治体に今は話がまわっている状況、とのことであった。
 情熱ある個人が一代で耳目を驚かす巨大な施設を造り観光名所になるものの、しかし時がたちそれを維持する後継者がいなくて、結局は廃墟と化していってしまう、そういう話はじつは多くて、それには明石の平和観音寺とか福井の越前大仏などがすぐに例として思い浮かぶ。
 けれども、宮崎には高鍋大師のように、地元のNPOによって維持され、町を象徴する施設にまでなった例もあるので、それにならって、この豪快でユニークでそして唯一無二の施設が延岡の山のなか、人々の訪れる施設として在り続けることをせつに願う。

 

 

 

 

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